香草

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「巡り逢い」

午後16時30分。ホームルームの鐘が鳴ると同時に教室を飛び出し、校門を爆速で駆け抜ける。
坂下のコンビニまで直線1キロメートル。ガンダッシュすればまだ間に合うかもしれない。
推しのアイドルグループのコンビニコラボグッズに。
優勝が懸かった体育祭のリレーの時よりも早く、自己最高記録を突破した体力測定の100メートル走よりも早いスピードで風を切る。


巷で話題沸騰中のアイドルグループ"NEPHRITE"のコンビニ限定アクリルスタンドが月曜日15:00から発売。
数年前から密かに応援していた私がこの情報を知らないわけがなかった。1週間前に情報が解禁されてから、何度も絶望した。なぜ学校にいる時間に発売開始するのか…。
NEPHRITEは今や女子高生の中では知らない人はいないほどの人気グループだ。全国ツアーまで成功させてメディアの露出が一気に増えた。学校が終わってから買いに行っても売り切れているに決まっている。
しかし、坂下のコンビニは駅の反対方向にあるため、まだ売れ残っている可能性が高い。
私は必死に走った。今日現代文の授業にでできたメロスのように。激流に流されようと。川なんてないけど。山賊に邪魔されようと。閑静な住宅街だけど。


コンビニの入店音が天使の祝福に聞こえる。
全速力を超えた速さで走ったから肺が痛いし吐きそう。全ての血管が脈打って全身が心臓になった気分だ。目を凝らして店内を見回す。
大抵イベントグッズはレジ前にあるはずだ。
しかしちょうど隣の高校の制服を着た女子高生たちがキャッキャッとレジに並んでいてよく見えない。
嫌な予感がする。そういえば隣の高校はこのコンビニのすぐそばだ。
女子高生たちの間からちらっと推しのアクスタが見えた。
まだレジ前の棚に陳列されている!
推しがこちらに手を伸ばしているのが見えた。
キラキラとまさに宝石のように輝いている。
私も震える足を一歩一歩進める。



「すみません!NEPHRITEのアクスタって残ってますか!」
女子高生たちが退店した後、荒ぶる息を抑えながら急いで店員さんを捕まえた。
店員さんは少し驚いた後、ひどく残念そうに言った。
「あーー、今ちょうど売り切れちゃいましたね…」
膝から崩れ落ちそうだった。
絶望。さっきちらって見えたのに。え、なに幻だったのあれは。
頑張って走ったのに。てか運営もなんで中途半端な時間から発売してんだよ。
誰に向けるわけでもない怒りと悲しさで胸がいっぱいになる。
今日古典の授業で習った百人一首が頭によぎる。
「めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に
雲がくれにし 夜半の月かな」
今ほど紫式部の気持ちが分かったことはない。

4/24/2025, 5:23:00 PM