香草

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「糸」

寝ぼけた目をこすった。時計はまだぼんやりしている。いやいやまさか。もう一度擦って目ヤニを取る。
さっきより視界がはっきりした。しかしやはり時計の針がもう一本見当たらない。
うーんこれはおそらく12時。昨日寝たのはいつも通り21時。およそ12時間以上寝たことになる。
その証拠に頭が重くぼんやりしている。
毎日規則正しい生活リズムを刻んでいたのに、なんのバグだろう。まったく、仕事だけでなく自分の体までバグが起きるなんて…いやよそう。せっかくの休日なのだから、仕事は忘れたい。
お腹が鳴った。何か腹に入れるべきだ。
しかし料理をする気力もないし外に出る元気もない。炊飯器には昨日の炊いたご飯が残っていた。鼻を近づける…うんギリ大丈夫だろ。
冷蔵庫には卵、ネギ、キムチ、納豆。ご飯のお供の中でも精鋭たちが揃っていた。十分だ。

卵かけご飯にしようかな。
手っ取り早く腹を満たせる。
ネギをハサミで切ってキムチも和えれば満足感もアップするだろう。しかし、なんとなく栄養面で物足りない気がする。
やはり納豆ごはんにすべきか?
納豆は少しめんどくさい。
糸の処理を間違えるとオペレーション効率が著しく低下する。
しかしコンビニ飯が続く最近の食事を思い返せば、さすがにこの最強栄養ステータスを見逃すわけにはいかなかった。
蓋をバリッと思い切り開け、タレとカラシを取り出す。日本人はこのめんどくさい食べ物をよくここまで手軽にしたものだと感心する。
藁で発酵させて食べる時代から、バリッ、ピリっ、たらり、まぜまぜですぐ食べられるのだから。
しかも特有の発泡スチロールの容器は発酵まで行うことを計算されているそうだ。納豆に対する執念が恐ろしい。

さて難関のフィルム外しだ。
背中に少しだけ緊張が走る。
フィルムの端をつまみ、そーっと持ち上げる。勢いよくめくってしまっては豆が大量についてくる。あくまで、もゆっくり、そっとが肝心だ。
半分までめくれると緊張の糸が途切れた。元々せっかちな性格もある。ええい、と勢いよく外すと中途半端に繋がれた納豆がポトンとテーブルに落ちた。
ああ、やってしまった。
箸で摘もうとするがおぼつかない。
イライラが高まり始めたところで箸にくっつき容器に帰っていった。

ここまで来たらあとは楽しむだけだ。
タレとカラシを余すことなく入れると箸を突っ込んで混ぜる。
納豆を混ぜているとなぜか無になれる。ネバネバが泡を含み、糸が色付いていく様子を見ていると、なんだか心が穏やかになる。
坐禅は組んだことないけれど、もしかしたらこういう気持ちになるのかもしれない。坐禅と納豆は同じような存在なのもかもしれないなあ。どっちも日本っぽいし。よく分かんないけど。
お腹が鳴る。気が済むまで混ぜたらチンしたご飯にそーっとかける。溢れたらさっきの比にならない大惨事になってしまう。
あくまでも納豆を扱うときはそーっとだ。
豆の動きが止まったらそれが合図だ。
思い切りかき込む。独特の匂いが鼻を吹き抜けた。

6/19/2025, 9:55:33 AM