NoName

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「ねぇねぇ、このちょうちょさんの名前ってなあに?」
 娘が買ってもらったばかりの図鑑を指差しながら、俺にみせてきた。そこには小さくて可愛らしい蝶々が一匹。真っ白な羽に黒い模様がぽつんとある。写真の下には“モンシロチョウ”と記載されているのだが、小学校にあがったばかりの娘には読めなかったらしい。
「モンシロチョウだよ。モンシロチョウ」
 俺は引き出しからメモを取り出して、ひらがなで“もんしろちょう”と書いた。すると娘は「そうなんだあ!」」と嬉しそうに目を輝かせた。
「今日ね、この子がっこうで見たの! ひらひら〜ってね!」
 そうして娘は今日あったことを話してくれた。誰それと昼休みに遊んだとか、宿題ノートに花丸貰えたとか。身振り手振りしながら楽しそうに話す姿がとても愛らしかった。
「そうだ! 今度の日曜日に公園に行ったらこの子に会えるかな?」
「あぁ、会えるかも────」
 ────と、言葉にして、ハッとする。
「やったぁ! じゃあ今度の日曜日はぁ、絶対公園行こうね!」
 なんとも巧妙な手口で週末のおでかけを約束してしまった。妻になんて言われるだろうか。しかし、娘の笑顔を見ると何も言えるわけがないのだ。
俺は妻にどう言い訳しようか考えながら、娘と妻の帰りを待っていた。

5/11/2023, 9:38:45 AM