道端にコンニャク落ちてた

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テーマ:『ずっとこのまま』


 雲ひとつない青空の下。丸々とした鳩たちが日向で首をすくめて寄り添っている。
 鼻から息をを吸い込めば、冷たい空気がツンと刺激する。その空気を溜め息混じりに吐き出せば、白い塊となって沈んでいった。


 もう一度試してみるか。

 
 何度目の挑戦なのだろう。分かるはずがない。どうせ最初から数えてなんかいない。
 今度はさっきよりも大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。徐ろに手を頭頂部と顎に添え、そして―――


「ふんっ!」


 一息に力を込めた。まるで顔を縦に押し潰すかのように。顎を下から殴りつけたりもした。何度も何度も力を込め直した。が、しかし。


(駄目だ。びくともしない。)


 俺は、大きく口を開けたまま力無くベンチに座りこんだ。足元にいる鳩が怪訝そうにこちらを見上げ、ゆっくりとした足取りで向こうへ行ってしまった。



 顎が外れてしまった。


 
 昼休みに外で食べて来て、公園で一服というところでアクビをしたきりこの状態だ。
 人生で初めての経験で軽くパニックになってしまい、あせれば焦るほど口が乾いてしょうがなかった。
 ネットで治し方を検索したものを片っ端から試したし、さっきのような力ずくの試みも何度かした。が、治らない。

 昼休み終わりまであと10分ほど。もう今日はずっとこのまま仕事しないといけないのだろうか。それとも病院に行けと言われるのだろうか。そしたらこれは労災になるのだろうか。そんなことよりこのまま職場に戻ったら一生ネタにされるのではないだろうか。


 冬の遠い陽の光を浴びている公園で、枯れ葉が転がる音が響いている。空には小さな雲が二つ風に運ばれて漂っている。

 
 俺の目の前に鳩がやって来た。少し前に見かけた鳩とは違いスリムで足取りも軽く、羽毛も艶を帯びていてなんだか顔つきも精悍な鳩だ。
 そいつは俺を見据えてまっすぐこちらにくると、足の先が当たるギリギリで止まりじっと目を合わせてくる。
 そして―――


 「反省したかな?」


 喋った。鳩が、人の言葉を。しかも心地いい響きのダンディなハスキーボイスで。


 「うわああああああっ」

 
 俺は走ってその場から逃げ出した。得体のしれないものに対してこれ以上無い恐怖がドバっと溢れ出した。
 あれは一体なんだ!?

 公園の入口まで走ってそこで足を止めた。辺りを確認してもあの鳩は見当たらなかった。


 「何だったんだ……」


 恐怖で無茶苦茶な呼吸のまま走ったせいで全く息が整わない。ゼェゼェと荒々しく酸素を取り込んでるうちに、ふと気がついた。
 
 外れた顎が治っている。

 あれ、いつの間に。と思う程度で別にそれ以上は驚けなかった。確かに永遠に治らないのではと思うほど頑固だったものが、ただ走っただけで治るとは思えない。不思議といえば不思議だが、そんなことよりもさっきの鳩、確かに喋ってたよな。反省したとか何とか。

 と、そこでもうすぐ昼休みが終わることを思い出した。
息が整いきらぬうちに再度走ることになってしまった。
 意を決して走り出した俺と、入れ違いに公園に訪れた男性二人の会話を何故かよく覚えている。

 
 「あっ、先輩。ここタバコ禁止ですよ」

  
 「そうだった。ちょっと前まではよかったからさ」


 「あれらしいですよ。ポイ捨てされたタバコで鳩が火傷しちゃったからみたいですよ」


 「なんだかな。マナー守らない奴のせいで俺たちが吸いづらくなるのは、ちょっと許せないよな」
 

 「ですね。まぁ自分は吸いませんけど」


 俺に話しかけてきた鳩と何か関係があるのだろうか。
 その日以来、鳩を見かける頻度が増えた気がする。

 

1/12/2023, 2:48:40 PM