書く習慣

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 僕の目は、生まれつき、色を認識できないようだった。
 色の無い世界だとしても、別に困りはしなかった。
 僕の髪やら瞳やらは、他人から見ると、人間離れしているらしい。
 それがどんなものかは解らないけれど、嫌悪される対象であるらしかった。
 だから、色なんて知っていても知らなくても、たいして変わらないのだろうと思っていた。
 だって、僕自身が、異色であるようだったから。

「すごい、貴方は真っ白だ」

 そんな、僕の世界。
 無色で冷たい世界の中に、唐突に現れたそのひとは。
 例えるなら、眠りに落ちる直前の、どこかへ沈んでいく感覚のように――僕というものがそのまま呑み込まれてしまいそうなほどの、黒。
 長い髪を綺麗に泳がせる、漆黒のひとだった。

 そのひとは、実際には、人間ではないようだった。
 僕の背丈と同じくらいの大きな鴉。それが、そのひとの正体であるらしい。
 なんとも不思議なひとに拾われた僕は、その日から、世界中の色を知った。
 そのひとの黒い髪、金色の瞳。それに始まって、たくさんの色が、濁流のように押し寄せてきた。
 そのときの僕は、どこを見ても眩しい色彩が恐ろしくて、自分の目をくり抜きたくなる衝動に駆られた。
 まっしろな僕を気に入ったらしい鴉のひとに、制されていなかったら。僕は、色がどうこう以前に、視力を失っていただろう。

「ほら、あそこに花が咲いていますよ」

 そのひとが、ふいに指をさす。そちらを見る。
 薔薇の花が咲いている。あの花びらの色は、赤。向こうは、黄色。
 そのひとと過ごしている今、僕はたくさんの色を知った。
 これからも知っていく。この世界にはまだ、僕の知らない色が、山のようにあるらしい。
 けれど、と。人間のかたちに化けた鴉のひとを横目に、僕は小さく呟くのだ。心の中だけで。そのひとに気づかれないように。
 色のない世界で、僕が一番最初に見た、漆黒。
 これから先、どんな色に出会おうとも、僕はその漆黒が、きっと一番に好きなのだろう。

4/18/2023, 5:38:45 PM