市場からの帰り道、買った野菜やパンがぎっしり詰まった紙袋を両手で抱えながら、ゆったりと街道を歩いていた。
何もない閑静な町並みが続いていた中、領主の城壁の方がやけに騒がしいのが耳に入って、俺の野次馬精神がくすぐられる。
そんなこんなで、つい寄り道をしてしまった。
どうやら、定期開催の聖女祭の知らせが届いたようだった。
華やかな絵柄の張り紙が、城壁にぺたりと張り付けられている。
小さな子供たちは祭りという言葉に飛び跳ねて喜び、年頃の少女は聖女となることを夢見て頬を赤らめている。
まぁ、俺には縁のない話だ。
くるりと喧騒に背を向けて、買い物袋を抱え直した。
年に一度開催される、聖女祭。王都で開かれる大規模な祭りのことだ。
大抵は屋台で飲み食いし、歌って踊って楽しむだけなのだが、メインとなる余興が少し変わっている。
「聖女の制定」と呼ばれるそれは、年頃の少女なら誰もが憧れてしまうようなおとぎ話。
聖女祭の夜、希望する者が一人ずつ順に精霊の泉に手をくぐらせる。もしその者が聖女だったならば、たちまち泉から祝福の光が舞い上がり、その者に永遠の安寧を与える、なんてものだ。
ちなみに、「聖女」とは名付くものの、制定自体には男も参加できる。それくらい、誰も本気にはしていない。
聖女が選ばれた話なんて、文献に残っているのは数千年前が最後。この祭りが始まった頃の記録からはただの一度たりとも聖女は出ていない。
騒がしいのは得意でない俺は、祭りにそこまで興味をそそられない。だから、毎年不参加で、僻地の領地に引き篭もり生活をしていた。
下級貴族なんて、そのくらいの生活が身の丈に合う。そう思っているのだ。
聖女祭の日は、街が随分静かだった。家々の光が無い分、星の瞬きがよく見える。
ほんの少しだけ興が乗って、領地内の小さな湖に足を運んだ。
花々に囲まれた、小さくも美しい湖だ。精霊の泉なんて大層なものでなくとも、身近な美しさがある。
ぱしゃ、と水面に手をかざす。
なんとなく、水面で揺らめく月が掴めそうに見えてしまった。
それで、手を軽く水に触れた瞬間だった。
夜を昼に塗り替えるほどの光が湖から舞い上がり、ふわりと光る雪のような何かが振り注いだ。
俺は呆然としつつ、未来への歯車が大きくズレて狂った音を、初めて耳にした。
テーマ:特別な存在
3/24/2026, 9:04:24 AM