のねむ

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「些細なことでも構いません。」

横目ですらも私を見ずに過ぎ去っていく人達。
動き行く人達の中で、ただ1人立ち止まり声を上げる。

「どなたか、桜を咲かせる方法を教えてください。」

そう言葉を発すると何人かが足を止めてこちらを見て、鼻で笑った。「桜なんか、とうの昔に散り去ったのに、何故今更」とくすくす。ざわざわ。ハエの羽音の様に。
嗚呼、うざったいな。桜を過去のものにしようとしてるのはお前たちなんだ。お前たちが、忘れ去ったから過去のものになるのだ。
笑われたって馬鹿にされたって構わない。桜がまたこの人々の上で舞っているのを見れるのなら。


「おや。桜を咲かせる方法ならば知ってますよ。勿論、些細なことですが。」

耳障りのいい、柔らかい風鈴のような声が聞こえてきた。そっと、声の方向へ顔を向けると、美しい顔をした男性が立っていた。薄茶色の髪の毛がふわりと風に遊ばれているのを、アメジスト色の瞳で見ていた。
私を見ていないのに、まるで全てを見透かされているような気がした。

「桜を、咲かせるには、どうすればいいのでしょうか。」

くすくす、と。馬鹿にした笑いではなく、何も中身がない空っぽの笑い。形のいい唇から、見える八重歯が人間っぽさを滲み出していて、少し安心した。人間らしさはあるのに、人間だという確証が得られなかったから。


「桜を咲かせるならば、貴方がなればいいのです。」
「わたしが。」
「そう。貴方が。桜に」
「さくらに、、」


私が、桜になる。
そこで初めて馬鹿にされたのだと気付いた。
人が、桜になるなんて、

「出来るわけないじゃないか。」

くすくす、と。今度は馬と鹿を含んだ笑い方。

「そう。本当に出来ないと思うかい?」

肩まである髪を、指に巻き付けながら私を見た。初めて目が合った。キラキラと瞳の中の宝石が私を見つめていた。あまりの美しさに手を伸ばしそうになる。
いや、そんなことよりも、だ。
人が桜になる、というのは可能なのだろうか?分からない、そんな話を聞いたことが無かったから。

「桜の花が美しく咲くのは、その木の下に死体が埋まっていて養分を吸っているから、という小説の一節を知っているかい?」
「梶井基次郎の、」
「そう。『桜の樹の下には。』。桜を思い出して見ると、確かにどこか血の気が通っているようにも思える。」
「それは、そういう花なんじゃ。」
「愚か、ですね。そんな言葉で桜を完結させるなんて。」
「え、すみません。」

反射的に謝ってしまったが、今何故私が謝ることになったのか理解が出来なかった。桜はそういう花、という認識しか無いのだ。仕方がないのでは?
というか、桜の樹の下には死体が埋まっているのは迷信で、本当の話じゃないはず。

「桜は人を喰らうのは本当さ。昔はここに桜が生い茂って居ただろう?しかし今はその面影もない。何故だと思う?」
「環境が変わった、からじゃ無いんですか。」
「うーん、まあそれもあるだろうね。しかしね、しかしだよ。桜が散り去った時期、人々が桜から離れただろう?」

そう言われ、思い当たる記憶があったなと考え込んだ。そうだ。あの時だ。「桜の下で行方不明者多数」と新聞に大々的に書かれたあの時だ。人々は、桜から自然と足を遠ざけた。その時期からだ。桜が散り始めたのは。

「桜の下に人が居なくなったから、なんですよ。」
「桜は、人を喰らい命を伸ばしていた、という事ですか。」
「ピンポーン!大正解です。」

間抜けな声で、笑う目の前の美しい男性に、初めて恐れを抱いた。少し前に感じた人間っぽさは、今はもう欠片も感じなかった。この人は、私を喰らうつもりだ。



「桜を咲かせる方法なら知っていますよ。些細なことです。それは貴方が桜になるという事です。そう、桜の血液に。ね?些細なことでしょう」





───────

いつもより、長くなってしまいました。しかし、やはり記憶力が無いので物語の一貫性、起承転結がよわよわですね。
語彙力もないですね。

私は今すぐにでも桜を見たいです。貴方に会いたいから。

私は20歳を迎える前に、貴方を探しに永遠の夢を見に行こうと心の中で薄らと思ってはいるのですが、桜を見るとその気が無くなるんです。弱い決意ですね。きっと笑われてしまうでしょうか。
いっその事本当に、桜の樹の下には、死体が埋まっていてくれたらいいのに。そしてその死体が、私であればもっと良い。

9/3/2023, 4:37:05 PM