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下の階から英国特有の紅茶の香りが漂ってきたら、それは朝食ができた合図。
部屋のすぐ側にある階段から駆け上がる音が聞こえて、部屋を二回ノックされる。返事をしてからドアノブを捻って開ければ、満面の笑みの少女がそこにいた。

「朝食食べよう!」

それが、ここ最近の僕の日常。

「おはよう。よく眠れた?」

毎朝聞かれるその質問に、お陰様で。ではなく、うんと返すのが普通になった。
朝食はご飯や味噌汁ではなく、パンになったことも。
何故そんな日常になったかと言うと、僕が語学勉強のために英国へ留学しに来たからである。
なかなか充実している留学なのだが、国が違うというのは、かなり問題が多い。
故に最近の僕の口癖はどうすればいいの?になってきた。心優しいホストファミリーに頼まれることはしっかりやりたいという気持ちはあるのだが、どうにも分からないことが多くてままならない。
例えば、水を作っておいてほしい。というものだ。
日本と違い水道水が飲めないこの国は、機械で飲める水を作るらしい。水道水を機械に入れて適切な操作をするだけなのだが、最初は全くもってわからなかった。そんな僕にホストファザーが丁寧に教えてくれたのは感謝しかない。

「今日から学校だね!貴方にはバディがつくらしいよ。私も知ってる人かなぁ?」
「バディ?初めて聞いた。」
「そっちの先生から聞かなかった?うちの学校は留学生に成績優秀者の子が付くんだよ!」
「そうなんだ。仲良くなれるといいな。」

朝食の席につくと、僕とは違う制服を身にまとった少女が楽しそうに学校の話を始める。話を聞くに彼女は学校が大好きらしい。友達と会えるのが最高だとよく言っていた。

「留学ってすごいことだって先生が言ってたよ。」
「そんなに大したことないよ。その証拠に僕はそれほど英語が上手くない。」
「私と会話出来てるじゃん!」

日本人は謙遜が好きって本当なんだね。と納得したように頷く彼女に失笑する。
僕はただ単に日本から出たかっただけなのだが。
少食の彼女が嫌々ながらヨーグルトのような飲み物を一気に飲み込むのを見ながら、僕も朝食を平らげた。
最後に残されたヨーグルト状の飲み物、ケファを手に取り覚悟する。

「それまずいよね。私好きじゃない。」
「あはは……健康にいいから…。」

拗ねるように頬をふくらませて食器を片付けに行く彼女を横目に、ケファを煽った。舌にピリピリとした感触を受け思わず眉を顰めるが、飲むのは辞めない。この飲み物は一度飲むことを辞めると、次までに時間がかかるのだ。

「うぇ……。」

ホストマザーと少女が二階に上がって行ったタイミングで飲み終えた。口の中に残るヨーグルト特有の酸っぱい味が気持ち悪い。朝食に添えられていたミルクティーを流し込み、口の中の味を変えさせた。
食器を片付けてから上の階に登ると、少女の兄が部屋から起きて出てくるところに遭遇する。

「おはよう。」
「……おはよ。」

眠そうに目を擦りながら軽い挨拶をしてくれる彼は、同い年だが飛び級で一つ上の学年にいる生徒らしい。
今は音楽ができる専門の大学に通っているそうだ。
天才ってのは彼のような人のことかと前に少女に言ったら、兄に言わない方がいいよそれ。と苦笑いで返された。何故かは全くわからない。

「学校行くよー!」

玄関からかかった声に、急いで部屋から鞄を取り出すと階段を降りた。お兄さんが2度目のすれ違いざま元気だね。と呟いていたが、もしや嫌味だろうか。

「ママが送ってくれるって!早く車に乗らなくちゃ!」

ローファーを履いて手招きをする少女と共に家を出れば、丁度いい朝日に照らされて目を瞑る。緑豊かなこの街はとても綺麗に見えた。
友達ができるにはどうすればいいの。なんて英国まで引率してくれた先生に聞いたけど、この景色やホストファミリーとの会話もあってなんとかなる気がしてきた。

中学の頃、先生に言われたことがある。
どうすればいいのなんて聞く前に、自分で考える力を持て。すぐに聞くことは馬鹿のやることだ。
確かに、自分で考える力を持つことは大事だ。僕もそう思う。けれど、やはり必要なのは分からないことは聞くことだと思う。ここに来てからそれをよく実感した。分からないままの方が他人に迷惑かけることが多い。どうすればいいの。は決して恥ずかしいことじゃない。知識をつけるためのものだと。

……まぁ、これを教えてくれたのはホストマザーなんだけどね。


【どうすればいいの?】

留学中にあった出来事を空想上の人物で小説にして記録していこうと思います。
いつもありがとうございます。

11/21/2023, 2:07:57 PM