私は電車に乗りこんだ。
ある組織から逃れるために。
しかし、これは序章にしかすぎなかった。
私は電車の中で、組織に追い詰められることになる
それは、人体を研究する組織。
始まりは数日前に及ぶ。
私のもとに届いた一通の手紙
あなたは私たちの研究の対象になりました
研究?私たち?
なんのこと?
私はわけが分からず、ただ怯えて過ごすことになった。
「私たち」が何を指すのか。
「研究」というのがどういうものなのか。
ただ、不安でしかなかった。
そして、ついに「彼ら」は姿を現した。
黒塗りのベンツに、黒スーツ。
どう考えても普通の人達ではない。
私は彼らが私の部屋に向かってくるのを見て、財布と携帯だけを持って、外に急いで飛び出した。
彼らは私を見つけるなり、やはり追いかけてきた。
逃亡
なんてドラマの世界の話だと思っていたが、まさか自分の身に起きるなんて、考えていなかった。
まず考えたのは、セキュリティーがしっかりしている場所。
人目に付きやすい場所。
それを目的に動いた。
セキュリティーはしっかりしてはいなかったが、人目がしっかりしてるということで、まずは漫画喫茶で一夜を明かした。
寝る、なんてできない。
相手はどんな方法でくるか分からない。
もしかしたら、店員になりすましてくるかもしれない。
そして、今に至る。
電車、なんて密室を使わなければよかったと思ったが、もう遅い。
私の意識は、遠く離れていった。
感じるのは揺れている体の感覚。
それだけだった。
次に目を覚ました時には、私はよく分からない機械だらけの部屋にいた。
体は変な機材に繋がれ身動き一つ取れない。
頭に付けられた装置、指に絡まるコードが私の自由を奪う。
「目覚めたかな?」
自分の父親と同じくらいの男が、眼鏡ごしに私を見てくる。
銀縁メガネに、白衣。
胡散臭そうな研究員、といえば話は伝わるだろうか。
彼に見つめられると、意識が自由に効かないような錯覚を起こす。
「私に何の用?」
絞り出した声は、強がったつもりだったが震えていた。
彼は意外そうな表情を浮かべる。
「君には既に、手紙を出したつもりだったが」
受け取ったわよ。
でも、あれで何を分かれというの?
「君には我々の、試験を受けてもらう」
は?
試験?何の?
頭の中はパニックを起こしているが、頭の中とは正反対に、心は落ち着いていた。
「仮想パラレルワールドに行ってもらう」
意味が分からない。
「何を言ってるの?私を離してよ」
「これは決定されたことだ。そして君は選ばれた存在だ。離すことはできない」
男の指が私の顎にかかり、強引に顔を覗きこまれる。
「言っている意味が分からない!」
私の言葉に男は小さく笑った。
「君のことは調べさせてもらったよ。相内 莉奈くん。きみは過去にトラウマがある。母親を殺した罪」
心臓が止まるような気がした。
それは、開けてはいけない過去に封印したもの。
直接手を下したわけではないが、家が火事になったとき、私は母親を助けられなかった。
「パラレルワールドに行って、もしも母親に会えるとしたら、どうする?」
どうするーー
助けられなくて、ごめんね。
もう少し私が早く家に帰っていたらーー
私に勇気が合って、飛び込んで助けられたらーー
「どうする?パラレルワールドに行って、母親に会ってみたいと思わないか?」
それは甘美な誘惑だった。
「行ってみたーー」
そのとき、館内に非常ベルが鳴り響いた。
「何事だ?」
男が動揺した表情を浮かべる。
「少し待て、調べてくる」
そう言って男は部屋を出て行った。
お母さんに会えるなら、パラレルワールドに行くのも悪くないかもしれない。
もう一度、お母さんに会いたい。
私の決意は固まり始めていた。
そのとき、ふいに若い男の声がした。
「パラレルワールドはこの世と繋がっている。向こうに行っても、会えないよ」
若い男はさきほどの年配の男と同じ格好をしていたが、なぜか、安心させてくれる雰囲気があった。
「でも、会えるって」
「人の弱みにつけ込んだ甘い罠だ」
若い男は言いながら、私の体についた機材を外してくれる。
「きみは、ここから逃げるんだ。母親に会いたいなら、墓の前にでも行くことを勧めるよ」
機材から解放された私に、若い男は「こっちへ」と行って、着いてくるように促してくる。
私は瞬時する。
この男と一緒に行って大丈夫なんだろうか。
でも、わけの分からない試験に付き合わされるより、マシな気がした。
私は考えた後、若い男について行くことを決意する。
ドアを開け、廊下を男と一緒に走る。
そのとき、年配の男の声がした。
「どこに行く気だ?」
突き刺さるような、尖った声。
私と若い男の足が止まる。
「若林、貴様の悪巧みか」
若い男はゆっくりと、年配の男を振り返る。
「何のことですか?」
「とぼけるな、火災報知機のセンサーを鳴らしたのは貴様のせいだろう」
若い男は小さく微笑む「どこに証拠が?」
「お前がその女といる事が証拠だろう」
「彼女がトイレに行きたいっていうので、案内してただけですよ。あなたが戻る前に」
私は成り行きを見守るしかできない。
ふと、手の温もりを感じた。
若い男が私を守る、とでもいうように手を繋いでいた。
男の右手は白衣の中に、まるで何かをいままさに取り出さんと言わんばかりに入っている。
「仕方ありませんね。刺し違えますか?村内教授」
若林が取り出したのは、銃だった。
村内も、静かに銃を抜く。
私は固唾を飲んで一歩後ずさる。
若林と村内の視線は、相手を見据えたまま離れない。
「ここを真っ直ぐ行って、右に行くと出口だ」
私は始め、若林が何を言ってるのか分からなかったが「早く」と言う言葉に、我に返り若林の身の危険を感じながら、出口に向かった。
背後で銃声の音がした。
出口に辿りついた私は、そこでお母さんの姿を見た。
私がいたのはパラレルワールドなのか。
若林と村内がどうなったのか、私自身分からない。
9/26/2025, 2:14:54 AM