美しい世界で、美しくない君を見つけた。
すっかりとイルミネーションで輝く木々が街を染めている。気温もとうとう10度をきった時分だった。
街は浮かれ気分でありとあらゆるところで恋人同士が手を繋ぐなり腕を組むなりとしている。
朝っぱらから仕事のために奔走しているこちらからしてみれば能天気で羨ましいことこの上ない。
交差点で信号待ちをしていれば、近くのベンチーーその後ろには大きなツリーがあるーーに座ってそわそわとしている男の子がいた。
高校生くらいだろうか。
スマホの画面と横断歩道を交互に見ているから、誰かと待ち合わせでもしているのだろう。
そして、案の定可愛らしい女の子が現れた。彼は顔を綻ばせ、鞄からプレゼントを取り出す。
だが、彼女はそれを受け取ることはなく、彼に押し返した。
それから何かを告げたかと思うと足早に彼女は去っていく。
取り残された少年は不意にこちらを見た。
目が合って、慌てて逸らす。丁度青信号になったのをいいことに足を進めた。
仕事場についたのは始業五分前だった。いつもよりは遅いが、遅刻というわけではない。そのことにほっと息を吐き、仕事開始を待っていると、梶川が話しかけてきた。
「よぉ、橘。いつもより遅かったじゃん」
「まぁ色々あってね。梶川こそ珍しい。いつも遅刻だろ?」
「それを言っちゃあだめだろ?にしても何がよくてこんな日にまで仕事しなくちゃなのかねぇ」
「今年は平日なんだから仕方ないだろ。妹ちゃんはもう冬休みか?」
「あぁ。すっかりはしゃいで今日も朝から待ち合わせがあるんだと」
「へぇ。小学生ともなると忙しくなるもんだな」
くだらない話をしていると、朝礼がはじまった。軽く手を振ってから上司の話を聞く。
朝礼が終わると、後はひたすら仕事だ。
これはこっちで、あれはそっち。で、それはーー。
指示をだしながら仕事を終わらせていると、いつの間にか就業時間になっていたらしい。梶川が一緒に帰ろうと誘ってきた。
「あー今やってんのが終わったら」
「うぃ。んじゃ、俺そこで待ってるわ」
そう言って出口を指し示す梶川に頷いてみせ、残りの作業を終わらせた。
外に出るとすっかり日も暮れ、朝より寒かった。雪がちらほらと舞い、ホワイトクリスマスだなぁ。なんて思う。
「でさ、杏のやつ、俺とゲームしたいって駄々こねんだよ」
「よかったじゃん。懐かれてて」
「そうかもだけど、パパよりにぃにがいいとか言われても。なぁ?」
「そんなことを聞かれるこっちのほうが困るわ」
「つれないこと言うなよ。俺らの仲じゃん?」
「うるさい。妹ちゃんがにぃにの帰りを待ってるってよ」
いつの間にか今朝の交差点まで来ていた。本当は今日、したいことがあった。けれど、あの少年の二の舞いになるかもしれないと思えばーー否、それ以前にある問題を思えばーー朝の決意などあっという間に崩れてしまっていた。
「ーー橘?」
「ん、あぁ、なに?」
「いや、俺の話ーー聞いてた?」
「ごめん。聞いてなかった」
「おい、ふざけんなよ。ちゃんと聞けって」
いつにない真剣な梶川。また、ごめんと謝った。
「それで、何の話?」
「あー……もうっ、俺は橘が好きだって言ってんの!」
「……は?」
脳がフリーズした。梶川が、好きだと言った。それは、友人として?
「梶川、お前それ、友人として、だよな?」
「……まぁ」
はっきりしない梶川が鬱陶しい。いつも通りの梶川でないと調子が狂ってしまう。
そこまで考えて、人通りが多いことに気がついた。
「梶川、続きは家で話さないか?」
「え?あー、まぁ、橘がいいなら……」
かくして梶川を家に招き、こちらの真意も伝えることにした。
「僕も梶川が好きだと思ってる。でも、それは、恋愛的に、だ」
声が震える。梶川の顔が見れない。梶川のあの台詞がそういうのじゃなかったとしたら、もう梶川とは話せないかもしれない。
「……それ、本気で言ってる?」
「うん」
「俺のためじゃなくて?」
「うん」
「嬉しいよ。俺だって橘のこと、好きだし」
あ、ちゃんと恋愛的にな。と付け足す梶川が愛おしくて。視界が滲むなか、鞄から取り出した袋を渡した。
「これ、今日梶川に渡そうと思って」
「え、なに、プレゼント?」
嬉しそうな梶川を見て、あぁ、渡して良かったなんて思う。
「うぇ、時計じゃん!」
「前に梶川欲しがってたろ?」
「そりゃ……欲しかったけど、いいのか?」
「勿論。梶川のために買ったんだから」
この恋は美しくない。あまりにも清すぎる世界では美しく見えない。君も同じ。この目に美しく映るのは、君が清くないからだ。
「あ、これ、妹ちゃんの分」
「え、杏のも用意してたのか……俺なんも用意してねぇや」
「ははっ、兄ちゃんなのに」
「いやー……だって、なぁ。何が欲しいか分からないんだよ」
それでーーそういいつつ梶川は箱を取り出した。
「これは俺から橘の分」
梶川から貰った箱を開くと、中に入っていたのは黒の財布だった。
「……財布?」
「うん。橘、新しい財布欲しいってぼやいてたろ」
嬉しい。梶川からのプレゼントだけでいつまでも生きられそうだ。
あの少年には悪いが、今日という日に乾杯。
1/17/2026, 5:50:30 AM