七星

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『澄んだ瞳』

水泳の授業があるたび、憂鬱だった。

泳げないわけではない。泳ぎは得意な方だ。長距離を泳ぐのは気持ちがいいし、陸の上では思うように動かない手足が水の中では自由に動く気がする。私の前世は魚だったのではないかと思うほどだ。

それならなぜ、憂鬱なのか。

私は自分の太腿を見下ろす。朝顔のような形をした大きな痣が、太腿の上の方に紫色の染みを作っている。誰かから暴力を受けているわけではない。これは、この世に生まれ落ちた十三年前から私の体にあるものだ。

水着になれば、この痣を大勢の前で晒すことになる。私はそれが嫌だった。いつも皆の視線が私の醜い痣に集中している気がして、どうにも落ち着かないのだ。

プールサイドで授業を見学している永井さんに、そっと視線を向ける。永井さんはストップウォッチを片手に、澄んだ瞳で私たちを見守っている。いつもいつも、私は彼女が羨ましかった。

いいなぁ。水泳、やらなくていいんだもんなぁ。

永井さんは生まれつき心臓が弱く、体育の授業に参加できない。同性であっても思わず見惚れてしまうような、整った顔と白い肌の持ち主で、しかしいつも一人でいる。

きっと永井さんは別世界の住人なのだ。私はそう思うことにしていた。そんなふうに考えなければ、嫉妬に狂ってしまいそうだったからだ。

授業は中盤に差しかかっていた。体育教師が鳴らす笛の音とともに、次々と同級生たちがプールに飛び込んでいく。クロールは得意だった。私は痣を気にしながら、ゆっくりと飛び込み台に向かった。

笛が鳴り、勢いよく水中に飛び込んで泳ぎ出す。視界の隅で、永井さんがストップウォッチを大きく掲げるのが見えた。

その時。

突然、水圧を感じなくなった。両隣を見ると、そこを泳いでいるはずの同級生たちの姿が消えていた。

私は水中に一人、取り残されていた。誰もいない。物音さえも聞こえない。まるで私だけが異空間へ飛ばされてしまったかのように、不気味な静寂が辺りを包んでいた。水面へ顔を出そうとしたが、水面は遥か上方に揺らめいている。溺れる。私は動揺した。

不意に、紺色の半袖Tシャツと同色のハーフパンツを身に着けた女子生徒が、私の前に割り込んできた。同時に私の頭の中で、鈴の鳴るような声が響いた。

「光本さん。落ち着いて、私の言う通りに動いてね」

目の前にいる女子生徒が喋ったのだとわかり、さらに相手の顔を見た私は文字通り、心臓が止まりそうになった。

二つの澄んだ瞳が私を見つめていた。永井さんは、私の手をそっと取ると、細く美しい声で言った。

「このまま、上へ向かって泳いで。あなたの意識は今、水の奥深くにいるの。水面まで上がれば、きっとみんなが気づいてくれる」

言われるままに、私は上へ向かって泳いだ。永井さんの声には妙な圧力があり、従わざるを得ない気がした。

気がつくと、私はプールサイドで体育教師に見下ろされていた。夢から醒めた後のように、意識は朦朧とし、私はしばらく言葉を発することができずにいた。

「永井さんは……?」

ようやく一言だけ喋ることができた私を、体育教師は苦々しげに見て言った。

「永井は保健室にいる。お前が溺れた直後に発作が起きて、その拍子にストップウォッチを止めて倒れたんだ。お前と言い、永井と言い。今時の女子は失神する時まで二人一緒なのか?」

永井さんと話をしなければならない。私は直感的にそう思った。私たちの身に何が起きたのか。なぜ水の中に永井さんが現れたのか。

永井さんの整った顔と澄んだ瞳を脳裏に浮かべる。永井さんが止めたストップウォッチの丸いフォルムも。

失神している間の不思議な体験に過ぎない。しかし、永井さんは全てを知っているのではないか、という疑念が私の中にずっと居座っていた。

7/30/2024, 12:25:24 PM