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「さよならを言う前に」

2年間のこちらの支社での勤務も明日で終わり、明後日には東京に戻る。社宅の片付けはほとんど終わった。転勤が多いので荷物は増やさないようにしてきた。もうこれで4回目の引っ越しだ。

人間関係も同じ。仕事上の人脈は作りながらプライベートでは一定のラインを越えないように慎重に築き上げてきた。これからも同じ。そのはずだった。

翌日、勤務を終え送別会もこなし、社宅に帰ってきた。明日は引っ越し業者に荷物を預け、社で契約している清掃業者に来てもらえば全て終わり。夕方の飛行機に乗ればいい。本当にそれでいいのか?

誰にも気付かれてはいないと思う。一人だけ、たった一人だけ離れたくない奴がいる。さっきドアの前で別れたばかりだ。社宅の隣の部屋のあいつ。

言うべきだろうか?いや、やめておこう。いなくなる人間に何を言われても迷惑なだけだろう。子どもの時から慣れている。父親も転勤族だった。仲良くなった頃には別れが来る。別れはつらい。仲が良ければ良いだけつらい。それなら最初から仲良くなんかならなければいい。ずっとそうして生きてきたんだ。今度も同じ。

荷物を運び終えた部屋は嫌いだ。さっきまであった俺の気配が今はもうない。お前も同じだと思い知らされる。空っぽだ。ベランダに面した窓から見える景色が好きだった。これは持っては行けない。そう、最初はベランダ越しに話したんだ。花火大会の夜だった。

清掃業者は管理会社も兼ねているので、鍵を渡すと部屋を出た。本当にこれで終わりだ。階段を下りると奴が待っていた。

「空港まで送るよ」

「いや、いい。時間あるからバスで行く」

「いつまでそうやって生きいくつもり?こっちの気持ちは無視か」

スーツケースが奪われ、軽々と車のトランクに入れられた。立ちすくんでいる俺の腕を掴み車に乗せた。

「手荒な真似してごめんね。そうでもしないと何も言わずに行っちゃうでしょ」


空港までは1時間ほど。さらに飛行機が出るまでに少し時間がある。このままさよならなんてごめんだ。ようやく出会えたのに。あの花火の夜、見つけたんだ。

東京に帰る前に俺に言うことがあるだろう?さよならはその後でいい。

8/21/2024, 1:57:38 AM