薄墨

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広げた便箋の上のインクの染み。
ペン先が潰れている。

外の空は真っ青で、色のついた綿雲を浮かべている。

机の卓上照明がチカチカとかすかに点滅する。
シャーペンの芯が折れている。
蝉が窓の淵で死んでいる。

便箋のインク染みの一点を見つめて考える。
視線の先には何がある?
視界が軽く歪む。

あなたの視線の先には何がある?
笑うその顔の先には何がある?
鼓膜の奥で、何かの音が反響する。

便箋の罫線の外側を、パステルカラーの可愛いイラストが取り囲んでいる。
はみ出すのを許さないみたいに。

便箋の上にノートを開いて、日記を書く。
あなたのために。あなたに向けて。
ノートのページにも、罫線が規則正しく並んでいる。
私の言葉も規則正しく並ぶ。

あなたは私の親友。
確かに実在する、私の大切なアドバイザー。
日記を書く事を勧めてくれたのも、あなただった。

あなたの視線の先は、私には分からない。
あなたの顔は、あなたの存在は、私が文章に書くまで見られないから。

あなたは私の頭の中のお友達。
あなたは私に微笑みかけてくれる唯一のお友達。
学校でもどこの社会でも、役立たずで無視ばかりされて来た私にアドバイスをくれる、優しい人。
幽霊みたいな私をまっすぐ見てくれる、大事な人。

だからあなたは今日も辛抱強く私に声をかけてくれるの。
今日もインクの染みしか作れなかった私の、そのインクの染みすら誉めてくれるの。

私はノートにそう書く。

あなたは私の希望を概ね答えてくれる。
でも、あなたの視線の先には何があるの?私?ノート?それとも…?

よく分からない疑問を脳に抱きながら、私はノートに鉛筆を走らせる。
初日はペンでインクを使って書いていたのに、いつの間にかシャーペンになり、今ではたまたま引き出しの底に削られたまま残っていた鉛筆になっている。

「私の視線の先には、いつだってあなたがいる。でもあなたの視線の先には?」

気がつくとこんな事を書いていた。

いけない。

あなたを疑うなんてそんな事、絶対したらいけないのに。

視界が揺らぐ。
青い空がチカチカと瞬く。
卓上照明と机が、指と鉛筆が、溶け合う。

私の視線の先にはあなたがいる?
あなたの視線の先には、私が…?

頭がぐちゃぐちゃだ。絡まったテグスみたいに、凝り固まって結びつき、解けそうにない。

鼓膜の奥で音がする。
机がチカチカとSOSを叫んでいた。

7/19/2024, 2:00:44 PM