力を込めて
勇者が魔族を倒しに行くらしい。
そんな噂が街中の至る所で流れている。
カレンは一人暖炉のそばで巾着を縫っていた。
ついにこの日が来てしまったのだな、と思いを馳せるのは勇者についてだ。
魔族に怯えて暮らさなくて良くなるのはありがたいことだが、カレンとしては勇者の身の安全の方が心配でたまらなかった。
カレンは勇者を好いていた。親同士が旧友であるカレンと勇者は、幼い頃は毎日のように森で一緒に遊び、大きくなっても、勇者は剣の腕前を披露したり、カレンは作ったミートパイを差し入れたり、様々な形で交流が続いている。
家族同然の生活をしてきた二人の間に愛が芽生えるのも時間の問題だった。
勇者もまたカレンを好いていた。しかし彼はカレンに「いつか魔族を倒してみせるから、その時は一緒になってくれ」という約束を取りつけた。
己のプライドか、はたまた見栄か。どちらにせよカレンにとってはくだらない一方的な宣言でしかなく、今すぐにでも自分のものにしてくれない勇者に怒りすら覚えたものだ。
だが一度決めたことはやりきる彼のことだから、カレンがいくら何を言ったところで、何も変わらないことも分かっていた。だからカレンは、魔族に勝つために訓練に励む勇者を応援するしかなかった。
ついに勇者は街一番の剣士になり、魔族の元へ戦いに行く日が決まった。ここまでやり遂げるのも彼らしいと、思わず笑みがこぼれる。
しかし心配なことに変わりは無い。いくら成長したとはいえ、相手は魔族。この街では今まで誰も完璧な勝利を納めた者はいない。勝ったとしても少なからず負傷はするはずだ。
せめて自分にできることを、と手作りの巾着をプレゼントすることにしたカレンは、寝る間も惜しんで製作に取り掛かっている。いろいろ思う所はあるものの、やはり願うのは勇者の無事だ。そこに愛という無敵の力を込めてひと針、またひと針と、丁寧に手を動かした。
10/7/2024, 6:00:06 PM