ストック1

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俺はどれだけの時間を魔王討伐を目指すために費やしたのだろう
冒険者の中でも最も魔王討伐に近い男として有力視され、数々の武功も打ち立ててきた
みんなに期待されながら、これが世のため人のためになるならと頑張る日々
賞賛の声は確かに気持ちいい
しかし、そのために失った時間は……自分のために使うはずだった時間はあまりに長い
きっかけはちょっとしたことだったと思う
ふと立ち止まって自分を見つめ直した時、俺は俺自身の生活を犠牲にしてきたのではないかという考えが浮かんだ
一度その考えが頭に浮かんでしまえば、疑問は加速する
なぜこんなことをしなければならない?
世界を救ったとて、俺の時間は返ってこないんじゃないか?
魔王軍との戦いで俺は何を得られる?
考えれば考えるほど、俺は冒険者をやめたくなった
俺は自分の時間を棒に振ってまで、世界を救いたくはなかったのだ
俺抜きだと、より時間はかかるだろう
しかし、人間側が優勢な今、俺がわざわざ出向く必要はない
誰かが討伐してくれるはずだ
こうして俺は、冒険者を電撃引退
自分の人生を生きる決断をした
忙しくない職に就き、自分の時間を作ることに成功する
その後しばらくして俺は、とあるアイドル吟遊詩人グループを知り、ファンになった
他のファンとも知り合って交流を深め、優しい先輩ファンから様々なことを教わったりする充実した日々
そして、念願の初ライブへ行くことになった
間近で見ると感動で倒れそうなので、ちょっと遠いA席を取った
魔法封音円盤(音楽が入った円盤だ)で聴いた時より迫力があり、生歌生演奏、パフォーマンスもよくて心の熱が上がっていく
そんな中、ふと普通じゃない気配を感じ、気配のする方を見ると……変装した魔王がいた
は!?
魔王!?
しかも、ライブグッズの服まで着てる
なんだこいつ、ファンにまぎれてことを起こすつもりか?
させるか
メンバーやファンを守りたいが、下手に騒ぎを起こしてライブを台無しにするわけにもいかない
怪しい動きを見せたら即、仕留めてやる

……結局、魔王は何もしなかった
いや、正確にはコール・アンド・レスポンスでレスポンスしたり、歓声を上げたり、ノリノリで拍手したりしていた
なにやってんのこいつ?
ファンか?
ファンだというのか?
俺はこっそり魔王をつけて、ほどよいところで姿を現し問い詰めることにした

「私を尾行しているようだが、最初からバレバレだぞ」

さすが魔王
俺の尾行はとっくに失敗していたらしいな

「さて、お前の目的はわかる
私がなぜライブ会場にいたのか、聞きたい
そうだろう?」

「ああ、その通りだよ
正直、お前のライブ会場での姿は、純粋に楽しんでいるように見えた
だとするとお前は、本当にファンなのか?」

俺の質問に対し、魔王は複雑そうな顔をした

「ファンだ
そして、私がファンであることが我々の戦いの原因だ」

ん?
急に何を言い出すんだ?
話が超展開すぎないか?
なんで魔王がファンだと戦いが起きる?

「あれは5年前
我々魔族は彼女たちの所属する事務所に手紙を送った
魔族にも、私を始めファンは多い
もしよければ、魔族領でライブをしてくれないか、とな」

たしかに、魔族領でそういった催し物を人間がやることは稀だから、魔族のファンがいるのなら、ライブを見に行けず寂しい思いをする者もいるだろう
自然な頼みだ

「そしたら、生贄によこせと言ったと勘違いされた
それが戦いの原因だ
ちなみに、お互い死者が出ていないのは我々が人間より強くてかつ死なないように加減しているからだ
我々がその気になれば冒険者は片手でも蹴散らせる」

衝撃の事実!
そんなくだらん勘違いで戦い起こったの!?
しかも魔族は被害者なのに手加減してくれたの!?
いや、人間のアイドル吟遊詩人のファンだからこそ、人間を殺して、彼女たちを悲しませるような真似はできなかったということか
冒険者の中にも、ファンはいるだろうし
しかし、それが事実なら……
魔王討伐に一番近いとされた俺の知名度が役に立つかもしれない
引退したとはいえ、俺の言葉なら説得力はあるはずだ

「魔王……いや、同志よ
俺が魔族へ行った数々の行いは詫びよう
本当にすまなかった
だが、俺にはもう魔族への敵意はない
今はお前のことを愛おしくすら思う
……同じファンとして、彼女たちのためにも
そして、同志である人間および魔族の全ファンのためにも
俺とお前でこの戦いを終わらせよう!」

「……!
わかった
私の持てるすべての力を以てして、お前と共に魔族への誤解を解く
そして、ライブ開催の夢を叶えよう
だから私からも頼む、力を貸してくれ!」

「ああ!
俺たちならできる!
なぜなら、こんなにも彼女たちへ情熱を傾けられるのだから!」

こうして俺たちは、他のファンも巻き込んで、行動を開始
みんな、種族など関係ないと新たな同志のために尽力してくれた
この流れに事務所も乗っかり、最終的に国をも動かして大規模な活動の数々が展開され、魔族への誤解が解消されていく
その後、人類領、魔族領でツアーが組まれ、このツアーは大盛況のうちに終わり、伝説となった
小さな誤解から始まった争いは、大きな輪によって終息したのだ
俺が魔王討伐を目指していた時期があったから、この奇跡のきっかけを作れた
俺が手放した時間は、決して無駄などではなかったのだと、今なら思える

11/23/2025, 11:22:32 AM