Sasha

Open App

「ねえ、お昼何食べる?」

久しぶりのデートなのに、なかなか店が決まらない。業を煮やしたように君が尋ねる。

「今一番欲しいものってなんなのよ?」

「俺?俺はウナギかなあ…いま夏の土用だし。」

「え、土用丑の日ってやつ?」

「違うけど、土用だったらいつ食べても同じだよ。」

「へー、そうなんだ…。」

しまった、つい祖母の受け売りで、生活の知恵袋的なことを口走ってしまった。ずっと祖母に育てられたせいか、俺はどうも暦を気にしてしまう。友達にからかわれるわけだ。

久しぶりのデートで、何を話してるんだ俺は…。ちょっとした自己嫌悪に陥る。

しかし君は、そんなことはまったく気にならない様子で、信号待ちの暑い日差しを避けて、街路樹の陰にスッと身を隠した。涼しげな白い袖なしのブラウスが、愛らしい。

「あなたが食べたいんだったら、付き合うよ。ウナギ。」

「あ、ああ…。ありがとう!」

しまった、でも財布にいくら入っていたっけ?俺は最後の会計を脳内で再生した。確か5000円札はまだあったはず…。でも5000円でうな重2人食べられるお店あるのか?

俺は急に不安になって、ドギマギしながらスマホを取り出した。彼女もそれを見透かすように、木陰の中でスマホを操る。

「あ!なか卯なら、うな丼900円だよ!」

「え、マジ?!」

彼女のスマホを覗き込む。確かに、900円と書いてある。やった、1000円札が3枚残る…。俺はそんなみみっちいことを考えた。

そして、こんな頼りない自分と一緒にいてくれる彼女に感謝した。彼女なら、このままの俺を受け入れてくれるかもしれない。

ずっと2人でいたい…。そんなことを思いながら、信号を渡った。

【今一番欲しいもの】

7/22/2023, 3:02:20 AM