たぬたぬちゃがま

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「あいつ……ッ!! 絶対通知欄で見てるはずだよなァ!!」
思わずスマホを振りかざし、金額の高さを思い出し無理やり腕を下ろす。代わりに近くにあったクッションを思いっきり蹴り飛ばした。

ことの発端は彼との連絡がつかなくなったことだ。圏外でもない、病気でもない、特殊な業務ということもない。ただ連絡がつかない。なぜ避けられているかはわからない。会おうとしてもなぜかこっちの動きを予測して避けられる。いい加減この宙ぶらりんな状況に嫌気がさしていた。
《別れる。もう知らん。そんなに1人がいいなら居酒屋飯でも行ってろ。》
そう入力したメッセージを送信し、家の片付けを始める。縁を切るなら徹底的に。引越し、部署異動希望提出、スマホの買い替え。やることは山のようにあるのだ。
せっせと準備してるとインターホンが鳴る。どうせ勧誘か何かだと無視していたが延々と鳴る。うるさい。
こういう時男手がいればいいのにな、と思いながらドアを開けると、先ほど縁を切ったはずの男が転がり込んできた。
「ごめんなさい!!ねえ!!俺の話を聞いて!!!」
「帰れ」
べそべそと泣く彼に即答すると、ぐしゃぐしゃの顔がさらに崩れた。普段こんな顔しないから面白いと思ってしまった。
曰く。あうあう泣きべそをかく彼の言葉を訳すなら、
ある日スマホをどこかに落とし、慌てて仮の電話を契約したところで会社から出張命令が出て、連絡しようにも会社の同僚や友人で私の連絡先を知っているものはおらず、慌てて出張に出たからバックアップの入った私用パソコンにも触れずに今に至る。
やっと帰ってきてどうしたもんかと自席につき、がらりと引き出しを開けたらどこかに落としたと思い込んでいた自身のスマホがあり、慌てて充電ケーブルに繋ぎ電源をつけたら私からの連絡の山、そして別れるの文字。
「それで慌ててうちまで来たと」
あうあう言いながら腰に抱きつき離さない彼は肯定するかのように腕を絞めてきた。少し痛い。
「浮気とか、してない。本当に急な出張だったんだ。出張記録も給与明細も確認していい。Suicaの履歴も見せる。信じて欲しい」
「いや、浮気だろうとなんだろうともう別れる気まんまんだったし……」
呟くように返事をすると、腰に回った手に力が入ったのがわかった。離す気はもうないらしい。
「……ごめんなさい」
絞り出すような声。普段は絶対言わないような言葉に思わずくらりとくるが、腰の手は絶対緩めない。
こりゃ根負けするしかないなと思いつつも、すぐにいうことを聞くのも癪だったので、大きなため息をついて彼の反応を楽しむことにした。



【既読がつかないメッセージ】

9/21/2025, 9:46:08 AM