とある恋人たちの日常。

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 まだ彼女と恋人になる前。
 俺は一人になりたくてバイクを飛ばして、知らない道を走り抜け知らない街の知らない喫茶店に入った。
 
 そこで出会ったクリームソーダがとても美味しくて感動したんだ。
 
 ――
 
「おかしいなぁ」
 
 俺は頼りない記憶の地図を広げながら車を走らせていた。
 
「この辺だったかなぁ」
 
 隣に座っているのは、ようやく想いを伝えて叶った恋人。彼女はくすくす笑いながら小さく囁いた。
 
「ゆっくりでいいですよ。無理しなくてもいいですし」
「やだ。あのクリームソーダを飲んで欲しいの。うーん、多分この辺だと思うんだよ……」
 
 俺はあの時に行った喫茶店を探しながら掠れた記憶を辿っていた。
 
 ある程度の場所は法定速度を守りつつ、徐行しながら喫茶店を探す。
 
 いやー、あの時はこの都市に来たばかりだし、無我夢中だったからなー。
 
 俺は何度目かの角を曲がり、路駐ができそうな場所を見つけて路肩に車を停めた。
 
「こっちの方にバイクを飛ばしたと思うんだよなー」
「ふふ」
「あ、今更だけれど連れ回してごめん。先に調べておけば良かった」
 
 自己嫌悪で項垂れていると彼女は優しく笑ってくれる。
 
「いいんですよー。私はこうやっている時間も楽しいですから」
 
 車を停めているから、しっかり彼女を見つめると本当に嬉しそうに俺を見つめてくれていた。
 凄く、凄く綺麗で胸が熱くなるほどの笑顔で。
 
「俺はあの喫茶店に連れて行きたいなー」
「なら、のんびり探しましょう」
「無駄な時間になっちゃうかもよ?」
「私は無駄な時間だなんて思っていませんよ?」
 
 くすくすと笑う彼女。この微笑みには勝てないし、ずっと見ていたい。
 
 俺は記憶の地図を頑張って掘り起こそうと、また車を走らせた。
 
 
 
おわり
 
 
 
三九六、記憶の地図

6/16/2025, 2:50:10 PM