夜雨と春歌

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【嵐が来ようとも】



「散らない花に、なりたかった」
 そうぼそりと呟いた夜雨は、けれど一拍置いた後、きゅっと結んだ唇をもごもごと動かして、照れた表情を隠した。
「なんでカッコつけたの、今?」
「や、なんかちょっと言ってみたかった……触れてくれるな、恥ずかしい……」
 本当にそうなのだろう、夜雨の黒髪から覗く耳たぶは、ほんのりと紅く色づいている。
「ゴメンだけど、元ネタわかんないよ」
「ああー恥ずかしさの上乗せしてくるじゃん……。元ネタっつーか、『花に嵐』っていうたとえがあってだなーって、やめろやめろ説明させるんじゃない、いたたまれない」
 今度は嫌そうな顔をしながらも、それでも言葉を教えてくれる夜雨に、春歌は笑った。笑って、今が盛りと咲き誇りたかった。

 ここに嵐は来ないので。

7/29/2023, 7:52:50 PM