名前も顔も居場所も伏せて、ネットの隅っこで虎視眈々と。
やらかした標的を見つけ出して、完膚無きまでに叩きのめす。
何の恨みもないが、正義の言葉を振りかざし、反撃はされない安全地帯で、言いたいことを言える小さな幸せ。
リアルでは、発言権は行使しない。
だって、暴力に訴える輩がいるから。
だけどもし、そんな奴らが逮捕されて、メディアに載ることがあるようなら、その時は心置きなく叩かせてもらうよ。
こちらが完全なる正義。
小さな幸せが、大きな幸せに変わる。
ある日、友達に話したら、
「それは、大きくも小さくもない、歪んだ幸せだ」
と、言われた。
どうかな。
そんなことを言うなら、ボランティアだってデモだって、歪んだ正義かもしれない。
自分より弱い立場の人間を相手にしたり、多勢に無勢で相手を追い込んだり。
「幸せはさ、一人でなるもんじゃないんじゃないかな。誰かと一緒に、誰かが幸せになるのを見届けて、自分も幸せになれる」
件の友達が言う。綺麗事にしか聞こえない。
現に俺は、一人で小さな幸せを満喫してるじゃないか。
「ネットの向こうに、自分に賛同してくれる仲間がいると思ってるんだろ?だから幸せを感じるんだよ。でもそれは、歪んでる。幻想でしかない」
「正義の味方ってのは、倒されて上等な相手と闘うんだよ。相手がそう思ってる。ただの弱りものイジメじゃない」
「弱りもの…」
「理由があって今、弱ってる人。何か悪いことをしてしまったのかもしれないけど、事情があったのかもしれない。そんな事情もまったく知らない人間が、ネットの向こうから好き勝手言える権利なんてないんだよ。そこは、当事者達が解決する」
「…自分の意見を伝えてるだけだよ」
「その意見が真実を歪めるんだ。事情を知らない人間が、感情だけで書いたものだから。自分が正義だと思い込んで」
論破、された気分だ。
ネット上なら、こんなこともないから好き勝手言えるのに。
…そんな権利はないのか。
言論の自由と、暴言の自由は違う。
俺の言葉は暴れまくって、必ず誰かを傷付ける。
ネットの隅っこに隠れてるから、その罪を追及されないだけだ。
いや、きっとそのうち…。
俺にとっての小さな幸せは、それを諭してくれた友達の存在だった。
3/29/2025, 1:07:12 AM