名前の無い音

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『雨の日』


雨の日でした

あなたが電話をくれたのも
わたしが消えてしまいそうだったのも

こんな 雨の日でした

* * * * * *

あの時 付き合っていた彼が
大好きだった彼が

二度とこの世に帰ってこないとわかった時
わたしはどうやって家に帰ってきたか
何も覚えていません

その頃の記憶があやふやで
どうやって 呼吸をしていたのかも
覚えていません

何日も 泣いていたのは確かです
でもどうする事も出来なくて
誰かが 代わるがわる わたしの側に居てくれました

あの日
何日目だったか
何日たったかも わからなくて
夜か昼かも わからなくて
ただ 毛布にくるまって 時間が過ぎるのを
待っていた時でした

『元気か~?』

懐かしい
聞き覚えのある声
あなたからの電話でした

わたしは あなたの声を聞いた瞬間
何を言ったか どう話したか
覚えていません

ただ ただ 言葉にならずに
泣きつづけた事を覚えています

あなたは 驚いて

『今行くから ちょっと待っててな』

そう言って 電話をつないだまま
車で わたしの家まで来てくれました

泣きつづけるわたしを
あなたは自分の車の
後部座席に乗せました

雨の日
もう 外は真っ暗でした

ゆっくりと 車を走らせながら
車のステレオの
ボリュームを上げてくれました

「……泣いていいよ いっぱい
わめいても あばれてもいいから
外からは見えないし 聞こえないから」

わたしは ただただ 揺られながら
泣きながら ぼんやりと
外を眺めていました

あなたは いつもそうだったように
回りの景色を 口に出して
教えてくれました

「さぁて 次の信号はどっちに向かうかな」
「海に向かうか 山に向かうか悩むね」
「雨の夜も たまには良いね」

泣きわめき過ぎて 喉がおかしくなりました
がらがら声で わたしは聞きました

「……なんで 電話したんですか?」

「なんでかなぁ わかんないけど……
なにしてるかなぁって 思ったんよ」

あなたは 昔から
いつも 不思議なタイミングで
連絡をくれました

「本当にさ なんか パッと顔が浮かんで
あ なにしてるかなぁ?
電話してみようって……

ごめんな 何にも知らなくて……」

7つ歳上のあなたとは
不思議な縁で繋がりました

わたしの好きなバンド繋がりで
家族ぐるみで
仲良くしてもらっていました

「今度のライブ行くのかなって思ってさ」

あぁ ライブ
そういえば あるって言ってたな
一緒に……一緒に……

もう 枯れたはずと思っていた涙が
また じわりじわりと溢れてきます
どうしたらいいのか わからないのです
どうしたらいいのか

「……消えたいです……」

わたしは 絞り出した声で
つぶやきました

「……つらいよな……ごめんな なにもしてやれないけどさ……
落ち着くまでは 一緒にいるから」
「……ダメで……よ そ……なの……迷惑かけ……」

言葉にならない言葉に
あなたは 静かに繋げました

「……いいんだよ 甘えられる人には甘えて
辛かったら 泣いて いいんだよ
頼って いいんだよ……たのむよ 頼ってくれ」

もう 何も言えませんでした

「泣きたいだけ 泣いたらいいよ 今日は落ち着くまで 一緒にいる
そして泣きたくなったら また いつでも呼んで
俺 来るから」

わたしは 泣きました
運転席の後ろで
大きな声で泣きました

あなたはそっと ジャスミンティーの
ペットボトルを渡してきました

「それだけ泣いたら 水分補給しなきゃ」

あぁ あなたも あなたの奥さんも
ジャスミンティーが好きでしたよね
今でもそれは 変わらないんですね

キャップを開けて 1口飲むと
ふわっとジャスミンの香りがしました
しわしわになった 体に 心に
染み込んでいきました

走ったり たまに休んだりしながら
あなたは 夜のドライブをしてくれました
わたしは 持ってきた毛布にくるまりながら
ずっと 窓の外を眺めていました

「……あの そろそろ もう……朝」

わたしはあなたの運転する姿を見ながら
心配になってきました

「うん……朝だね いい天気になりそうだよ」

昨日の雨がやみ 街はまだ雫で
キラキラしていました

「……帰ります」
「……まだ 平気だよ?」
「大丈夫です もし また 必要になったら 呼びます」
「了解」

あなたは わたしの住んでいた
アパート近くまで戻ると
路肩に車を寄せました

「……時間がな 欲しいよな」
「……わかりません」
「家まで送るよ」

あなたは運転席から降りて
後部座席のドアを開けました

「ありがとうございました」

毛布と涙で濡れたタオルを持って
車から降りようとしたとき
あなたは 毛布ごと わたしを強く抱きしめました

「……絶対 消えたら ダメだ 絶対 頼むから……」

あなたが
静かに泣いているのがわかりました

「……はい……」

わたしのどこかから 返事をする声が
聞こえました


* * * * * *

自分が ダメになる日が 今でもあります
どうしようもなくなる日が
今でもあります

でも わたしは私を なんとか頑張って生きています

それはあなたに助けてもらったから

あなたの腕の強さと あの涙を
たぶんわたしは一生わすれないでしょう

これが 雨の日の
わたしの『思い出』なのです

6/21/2022, 7:09:58 AM