外の空気は毎日10度以上の乱高下を繰り返し、花粉ですら飛び立っていいのか迷うこの時期。今日は風がピーピーといなないでいる。本屋の店番は今日も暇である。
午前中は仕入れと陳列で店の中を歩き回っていたが、午後はお客さんが止まる13時以降は眠気との戦いだ。
「おう、舟を漕いでる暇があったら『舟を編む』でも読んだらどうだ?」
珍しく居眠りをしている私に店長が声を掛けてきた。
「あ、店長、おはよ……、お疲れ様です」
ちなみに三浦しをんのベストセラー小説『舟を編む』
は読了済みだ。足を悪くした店長は陳列作業ができなくなって私を雇ったのだが、店番なら難なくできる。つまり午前中の作業が終われば、本来私は用済みだ。
「『舟を編む』面白いですよね。本が好きな人なら絶対好きみたいな内容だし」
一応読んだことあるアピールをしてみた。
「そんなに暇ならPOPでも書いたらどうだ? 俺ぁ面倒だからやらねぇけど、やったっていいんだぜ」
「あ、そうなんですか? じゃあ、やっちゃおうかな」
私も別にPOP作りに興味はなかったけど、暇なバイトが好きなわけじゃないからやってみようと思った。
紙とペンを持ってきて、手書きPOPを作り始める。とはいえ何の本がいいだろう。隠れた名作? 最近話題の本? 自分の好きな本から書き始めるのがいいだろうか。
「あの店長……」
店長に教えを請おうとしたが、
「好きな本で書いていいぞ。内容がわからなければ立ち読みしていいから」
そういえばここは立ち読み歓迎店だった。いや表向きには言ってないけど。
そうこうしていると15時を回っていた。この時間、ご近所さんが店の前を通ればお茶菓子を差し入れしてくれたり、学校終わりの子ども達がテトテト歩いて漫画コーナーを物色したりするから、眠気覚ましには事欠かない。
文芸コーナーの端っこで、POPにできそうな本を探していると、漫画コーナーから二人の子どもがひそひそ話をしているのが耳に入った。
「な、秘密の場所って言っただろ? ここならマンガ読み放題だぜ」
んー、さすがにいいように使われてる気がする。一応店長に伝えておくか。
「だからそりゃあ構わねえって。ガキどもが本に興味を持つことはいいことだ」
そうなんですかねー。
「ならいっそ、ブックカフェにしてみません? アンティークな店内で本を読みながらコーヒーをたしなむ……、秘密の隠れ家みたいな本屋さん!」
半分冗談のつもりで言ってみた。こんなこと言ったら店長は怒るだろうか。
「ふん、カフェインは眠気覚ましにいいからな」
う、皮肉で返されてしまった。
「いま結構流行ってるんですよ。大手の本屋さんでもカフェ併設って増えてて」
「お前さん、コーヒーの知識はあるのかい?」
「え、私ですか?」
私がやるの? バイトだよ?
「ぜんぜん! やったことも見たこともないです」
「なら学ぶところからだな。趣味のコーナーにコーヒーの本、あっただろ」
まさか。
「いくらでも立ち読みしていいからな」
まったく、食えないジジイだ。
3/9/2025, 1:00:44 AM