お題 君と見た景色
初めて、家出をした。今は何時だったかしら。思い出せない。けれども辺りは真っ暗で、街灯の光がやけに眩しくて、だからきっと、真夜中。真っ暗な公園のブランコに腰掛けて、ゆらゆらと揺れてみる。あれはいつだったか、こうしてゆっくり揺れながら誰かを必死に見つめていた気がする。
「なにしてる、ここで」
ぼうっと闇を見つめていたら、急に声をかけられた。
「家出をしたの」
「…なぜ家出をする」
「…わからないわ。なぜだったかしら」
「隣、いいか」
「ええ、もちろん」
ぶっきらぼうなその人は、隣のブランコに腰掛けた。暗くて顔はよく見えないけど、探し物が見つかったような、そんな顔をしている気がした。
「あなたこそ、何者なのよ」
「…忍者だと言ったら信じるか」
「信じてもいいけど、バレちゃったら仕事に支障が出るんじゃないの」
「…たしかに」
「あなた、変な人ね。結構好きよ、そういうの」
私がそう言って笑うと、忍者は驚いたように固まった。何か、おかしなことを言ってしまったのだろうか。
「…同じ事を言う人がいる。とても大切な人だ。その人が笑ってくれるから、俺はこうしてここに来る」
「私もあなたみたいな人を知っている気がする。思いもよらないことで笑わせてくれるから、目が、離せなかったの」
真っ暗な公園に色がついた気がした。この景色を、忘れたくない。忘れたくないのに。
「大丈夫。大丈夫だ。だから、帰ろう」
そう言って差し伸べられた忍者の手は、私と同じくらいしわしわで、鼻の奥がツンとする。握ったその手は闇夜を溶かす蝋燭の灯りみたいに暖かくて、柔らかかった。
3/22/2025, 3:29:02 AM