池上さゆり

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 どうせ自分の人生に花を供えてくれる人なんていないから。だから、花屋でとびっきり綺麗な花束を作ってもらった。母が誕生日だからプレゼントするなんて嘘をついて。
 そして向かった目的地。住んでいるマンションの屋上に上がった。気持ち程度の柵を乗り越えて腰を掛ける。特別、悲しいことがあったわけではない。人生に不満があるわけでもない。死にたいわけでもない。ただ、無意味に生きるのが嫌になった。他人からすればたったそれだけのこと。でも、私にとってはこれ以上ない大切なこと。太陽が沈むのを見届けたところで立ち上がった。空へ踏み出した一歩。花束を抱えて、真下に落下していく。これでやっと終われるのだと思うと幸福すら感じていた。それなのに、いつまで経っても終わりを感じなかった。気づけば手に持っていた花束は中身がなくなっていた。
「生きる目的が欲しいのですか」
 逆さの状態で目の前に顔が現れた。真っ白な肌に大きな瞳がまるで人形のような少女だった。
「生きる目的が欲しいのですか」
 再び同じことを言われて、曖昧に頷く。無意味に生きるのが嫌になったの反対はそういうことなのだろうか。すると、少女は私の手を引いて飛び降りた屋上まで戻らされた。下を覗くと、先ほどまで手元にあった花が散っていた。頷いたことを思わず後悔した。
「お願いがあるんです」
 そうだよね、だから止めたんだよねと言いたくなる。この天使のような少女の目的はなんだろうか。大きな瞳で見つめられ、ぎゅっと手を握られる。
「私を産んだ母を探して欲しいんです」
 意味がわからなかった。だけど、少女の表情は変わらない。
「私、公衆トイレで生まれた後、すぐに近くの花壇に埋められたんです。だから、母に会いたいんです」
 恨みがあるわけでもなく、純粋に会いたいだけなのだと伝わる。私なんかに探し出せるのだろうか。
「お願いします」
 断れなくて、再び頷く。この日から少女の母親探しが始まった。

6/18/2023, 12:55:58 PM