曇った緑色の光が部屋中を照らしている。夏だからか小バエが飛んでいて、閉め切った部屋の中でどうにも蒸し暑い。まるで生きたまま火葬されてるみたい、なんて不謹慎なことを思いつつ鈍く光る器具を机に並べていく。少し錆び付いていて、慌てて刃を交換するために新しい器具たちを消毒する時間を要した。まだ、午前2時だった。
金髪の映える真珠の様な肌の女。瞳の色は見えない。ゆっくりと上下する胸だけが彼女が人形ではない証拠だった。
青ざめた薄い肌の上を小さな刃で軽く撫でると遅れてプツリと血が滲む。ミルフィーユのように重なる玉の肌、薄らとこびり付く黄色い脂肪、引き締まった腹筋。傷の両側を鑷子で挟んでゆっくり開く。すると存外美しい内側が見えた。赤黒く、てらてらと光の反射する繊細な蜘蛛の巣のような、または古びた上等なレースのような膜の下、生々しい香りを放つ腸や丸い臓器達がいる。慎重に膜を切ると獣臭い匂いが部屋中に充満した。こんなに美しい女でも、やはり切り開いてみれば案外動物だと実感できる。サイズのピッタリな手袋をつけた手を腸の隙間に差し入れる。ぐちゅりと音がして、生暖かい液体の感覚をゴム手袋越しに感じて顔を顰めた。何度やったって気持ちの悪い感触だ。生を感じた。太陽の下に手を翳さなくったって誰かの体温を感じた。
じわじわと冷房が効いて来たのか、気がついたら少し肌寒くなってきた。手に触れる粘液だけが温かだ。体の中をほじくり返して目的の臓器を掴む。ゆっくりと引き抜いて、鉗子で掴むとそのまま体の上に置いた。内側に仕舞われているものが肌の上に置かれている倒錯的な光景に脳がクラクラしそうだ。乾かないうちに急いで血管なんかを糸で結んだ。未だ興奮の最中震える手で。足元のペダルを踏んだ。焦げた匂い。パチパチと弾ける音。煙。死んでゆく細胞。分離した。
こんなにも簡単に切り離されてしまった。
切り離されたこれははたして彼女だろうか?
開けられている内側に液体を垂らす。初めから逆再生する様に一枚一枚丁寧に膜を戻して、結んでいく。閉じればまた人形と見紛うような美しさ。
蛾と蝶は何が違う?何も違わないだろう。なら人形と彼女も何が違うだろう。このまま喉の奥に差した管を止めてしまえば人形になるだろうか。なんて、馬鹿らしい。突然鳴り響くアラームに驚いてモニターを見れば少しだけ体温が下がったのか、台形が乱れていた。
生きている。彼女はたしかに生きていた。なぜだか涙が出そうだった。グロテスクな中身を持ちながら、美しい皮を被って生きている。それがすこし恐ろしい。
ねえ君は枯れた花をそういうものとして愛せるのに、完璧でいたいんだね。変わり続ける中身と裏腹に変わり映えのない彼女をわたしは愛し続けられるだろうか。それは同じ彼女と言えるだろうか。焼ける骨の匂い。鼻の粘膜にこびり付く甘い匂い。それは彼女の好む香水によく似ているような気がした。太陽の下で咲くあなたは以前と同じ笑顔を浮かべるのだろう。
蝶よ、花よ、あなたよ。
外側は何にも変わらないのに、じつは失った中身に記憶が宿っていて、少しずつ忘れていく何かや変わっていく何か。という妄想に囚われて恐怖しています。愛してるはずだったのに、ほんとうにそれが以前と同じなのかわからない。絶対そうだという確証もない。太陽に翳せば透けて見えるでしょうか。生きているという神秘。
太陽の下で
11/25/2024, 10:43:59 AM