お題 : 君の声がする
『ほら!あさだよ!起きて』
優しい君の声がした。
目を開けると、光が顔全体に当たる。昨日の夜、カーテンを閉めるのを忘れていたらしい。おかげで目が覚めた。
重い体を動かす。
重い扉を開ける。
重い足取りで1歩を進む。
『おはよう。今日は珍しく早起きじゃん』
「今日は光が眩しかったんだって」
『曇りでもないし、日光なんか四六時中出てるよ』
「そういう問題じゃなくて。…とにかく、朝ご飯作るから」
少し軽くなった足取りで、キッチンへと向かう。
家にあるもので作れるもの、なにがあるっけ。
よく把握してなかった。目に入ったのはパン。よし、トーストにしよう。
パンを1枚袋から出して、オーブンで焼く。
__たとえ料理上手でも、ドジなんだから油断しないで
そういえば、そんなこと言われた記憶があった。
昔、パンを焼いてた時に寝落ちかけて丸焦げにした時だったはず。あの時は迷惑をかけた。
と言っても、彼もブーメランが刺さるぐらいドジ。俺よりドジ。天然。
無事今日はパンを焦がすことなく、1枚焼き上げた。
「ほら、できたよ」
『美味しそう!いただきます!!』
彼はいつも笑顔で食べる。たとえ、市販品でも。
いつも「美味しい」しか言わないから、その中には「美味しくない」ものまで混じってるんじゃないか…と思うぐらい。
「俺は今日胃もたれ酷いから、何も食べない。先ちょっと着替えてくる」
多分この後色々されるであろう質問に、先行して答える。昨日の記憶はない。でも、謎の胃もたれが本当に酷い。
また階段を上がり、重い扉を開ける。
__見て!絶対似合うよ!これ、いつか俺の前で着てね
そう言われて渡された、手作りのロリータ服。
「女装に少しだけ興味がある」と答えたら、なんと手作りしたという。これが天然の底力、って言う訳なのか?
彼の反応はまさに面白い。彼を驚かせるなら…着るなら、今か?
そう思い、やっとその服に手を伸ばす。
着方は「作った」と言われた時に教えてくれた。なんで知ってるのかは深く触れてない。
だから、着るのは想像してたより楽だった。
大方通り、全てのものを身に付け、大きな鏡の前に立ってみた。
そこにいるのは、まるで「俺」じゃないみたいだった。
女の子みたいと言うつもりじゃないけど。彼が作ったものを身に纏っている自分が、自分じゃないみたい。
酷く、痛い。辛い。彼が望んだはずの幸せが、今叶ってしまうなんて。
そこで全て思い出した。そっか、昨日は酒を飲みまくった。家の中のいらないものを、いらない部屋で壊しまくった。
見て!絶対似合うよ!これ、いつか「俺の前」で着てね
その言葉が頭の中で離れない。現実を受け入れられない。
彼は、彼は死んだんだ。あの日あの時、俺を庇って。
その瞬間、酷く吐き気がした。今頃二日酔いだろうか?はは、笑えない。遅延性か?うける。
『大丈夫?無理はしないでね。俺が心配になる』
うるさい。煩い。五月蝿い。
頭の中で彼の声が離れない。死ぬ前まで話していた彼の言葉が、頭の中で俺の呪いとなってずっと生きている。
ただ、君の声を聞くことで後悔しか生まれないんだ。
____この服を、君が死ぬ前に着ればよかった。
そういう、後悔が。
「やっぱり、俺の目に狂いはなかった。俺って天才じゃない?……冗談!似合ってるよ、████。」
………こんなこと言われた記憶、あったっけ。
視点を鏡に直す。そこには誰もいない、俺以外。当たり前、当たり前なはずなのに。
『今日は何処行くの?おれもついてく!』
また、死んだはずの彼が「現実」に響く。
「……今日は、ドライブでもしよっかな」
『絶対行く!!』
ドライブ、好きだったよね。懐かしい。
___頭の中で、彼が呪いとなってずっと生きている。
なら、死ぬまでずっと生きさせてやろうか。
明日も。1週間後も。1ヶ月後も。1年先も。死ぬまで、
『ほら!早く行くよ!!』
君の声がする。
2/15/2025, 3:33:21 PM