「例えばさ、過去とか未来に行けたとして」
急に話しかけられ、ぴくりと肩が跳ねた。
視線を向けるが、彼女はテレビを見たまま。テレビを見れば、ちょうどタイムマシーンで過去や未来に行くドラマが流れている所だった。
「どうしたの?」
問いかけるが、返事はない。それきり彼女は何も言わずにテレビを見続けていた。
それほど引き込まれる話なのだろうか。そんなことを思いながら、手早く洗い物を終えて彼女の隣に座る。けれど彼女の表情は、テレビから目を逸らさずにいるものの、とても退屈そうに見えた。
「つまんないね。この話」
「見てないから分からないけど、つまらないなら見なければいいのに」
「だって退屈だから」
退屈を紛らわそうとして、退屈なテレビを見ている。そんな矛盾した行動に苦笑しながら、テレビを消した。
それに彼女が何かを言うことはない。ただぼんやりと、消えたテレビの黒い画面を見つめ、何度か瞬きをしてこちらに視線を向けた。
「過去とか未来に行って何かを変えた所で、意味はあると思う?」
問われて首を傾げる。仮想の話を気にするなど、彼女にしては珍しい。
「意味があるから、過去や未来に行くんじゃないの?」
意味がないのなら、行く必要はないはずだ。そう答えると、彼女は僅かに眉を寄せ画面の消えたテレビを一瞥する。
「そっか。意味があるって信じてる場合もあるのか……」
「どういう意味?」
「だって何を変えたって、今は変わらないじゃない」
今は変わらない。その意味を分かりかねて眉を寄せれば、彼女は例えば、と宙を見ながら告げた。
「テレビの話だけれど、過去に行って恋人の危機を救うとするでしょ。テレビの中じゃ、きっとこの後元の時間に戻って二人は結ばれるんだろうけど、そんな奇跡なんて起きないから。過去にいなくなる誰かをその時点で救っても、別の時間で同じことが起きるだけ。未来も同じ……というか、未来に干渉した所で、今に影響はないでしょ?」
「そうなの?」
「そうなの……運命っていうのかな。人には、そういった初めから決められたものがあるみたい」
どこか遠くを見る彼女の横顔は寂しげで、泣くのを耐えているようにも見える。話題を変えるべきかと口を開きかけ、けれども何かを言う前に彼女はこちらを向いて微笑んだ。
「ね?それを知っていると、過去や未来に行く話なんてつまらなく感じるでしょ?」
「まあ、確かに。干渉しても変わらないなら、空しいだけかもね……じゃあさ、干渉するんじゃなくて、干渉されるとしたら?予知や宣託を受けて、訪れるはずの結果を変えることもあるだろう?」
それも意味がないことなのだろうか。静かに目を見返すと、きょとりと幼く瞬いた目が、次第に楽しげに細められていく。
くすくすと笑う声。小首を傾げ、彼女は当然のように囁く。
「見たもの、告げられたものが、本当に未来の出来事なんて、誰にも分からないよ。夢で見たものは所詮は夢。現実にとてもよく似ているから、そうなりたければ行動を近づけて、逆になりたくないのならば、遠ざけるように行動する。誰かから告げられた言葉もそう……行動を起こすための理由に使われる、都合のいいものってだけ」
「え……?」
思わず、彼女を凝視する。今までの彼女からは、出てくるはずがないと思っていた言葉だった。
「何?変な顔して」
「いや。だって、宣託を大事にしていただろ」
「大事だよ。とっても大事……前に進むことができる理由になるもの」
小さく呟かれた言葉に、息を呑んだ。
彼女が過去を見ず、前を向いている。その変化がすぐには信じられない。
彼女は長い間、過去から抜け出せずにいた。ここにいる理由でさえ、その過去から宣託を受けたのだと言っていたはずだった。
――未来で再会するために、今を生きる。
彼女はそれ以上を語らない。それ以上の理由が必要だとも思わなかった。
幼い頃から一緒にいた幼馴染が、もう一度隣にいてくれる。過去だけでなく、今を見ている。
自分にとっては、それが重要だった。
「あんまり、じろじろ見ないでよ」
「だって……まるで、過去よりも今の方が大切に聞こえるから」
「聞こえるんじゃなくて、そう言ってるの。過去を忘れたわけじゃない。でも未来にまで過去を引き摺ることが苦しい時がある……過去や未来のような遠いものに手を伸ばすより、今と手を繋いでいる方が幸せなんだって、気づいちゃったから」
目を逸らしながら彼女は言う。落ち着きなく手が服の裾を弄っている。
何かを誤魔化す時の、彼女の昔からの癖だ。じわじわと赤くなっていく顔を見ると、途端に悪戯心が沸き上がってくるのは、自分の悪い癖でもあった。
「今気づいたの?それとも大分前から?」
「い、いつだっていいじゃないっ!」
耳まで真っ赤になってしまった彼女の頬を、笑いながらつつく。ぺしりと指を払いのけ、拗ねた顔で背を向けられて、耐えきれずくすくすと笑い声が漏れた。
「っ、ばか!最低!」
「ごめんごめん。お詫びにさ、明日どこかに出かけようか」
背を向けたままの彼女に声をかけるが返事はない。
またやってしまった。悪い癖だと自覚しながらも治らないことに、密かに嘆息する。静かに立ち上がりながら何気なくテレビに視線を向け、彼女との話を思い出す。
もしもタイムマシーンがあったのなら。それで過去に行けたのなら。
確かに意味はないのだろう。過去に行き、彼女と初めからやり直しても意味はない。傷をつけないように動いた所で、きっと彼女は別のどこかで過去に手を伸ばし出すのだろう。
「――なら、いいよ」
「え?」
不意に小さく聞こえた声に、彼女を見る。微かに涙を張った目をして、彼女はこちらを睨みながら呟いた。
「だから、明日水族館に連れて行ってくれるなら許してあげるって言ってるの!」
彼女の言葉に目を瞬き、しっかりと頷いた。手を出せば当然のように繋いでくれることが嬉しい。
「分かった。じゃあ、明日は朝から水族館に行こうか。せっかくだから他にも色々な所に行こう」
「仕方ないから付き合ってあげる」
素直でない彼女に、小さく笑う。まだ拗ねた顔をしながら彼女はこちらを見つめ、同じように笑った。
「なら、明日は寝坊しないでね。タイムマシーンなんてないんだから、過去に戻ってやり直しなんてできないよ」
「そっちこそ寝坊しないでよ!タイムマシーンがあったとしても、使わせてなんかあげないんだから」
目を合わせ、笑い合う。繋ぐ手が暖かい。
この温もりを離してまで、過去に戻る意味は確かにないだろう。
そんなことを思いながら、繋いだ手を離さないようにきゅっと握りしめた。
20260122 『タイムマシーン』
1/23/2026, 10:53:52 PM