「今夜は月が綺麗ですね」

今にも雨が降り出しそうな空を見上げながら呟く。
今夜は満月だ。おそらくあの分厚い雲の向こうでは、まん丸な満月が美しく光り輝いているのだろう。

一昨日の夜に見た月は、それはそれは美しかった。
薄雲がわずかにあるばかりの晴れた星空に、優しい色をしてほんの少しだけ欠けた月が誇らしげに浮かんでいた。
こんなに綺麗な月を見られたのは、なんだか久しぶりだ、と思った。

今夜の月も楽しみにしていたのだけれど。
見えないのでは仕方がない。一昨日に見たその姿を思い出して、心の目で見るとしよう。

美しい満月を眺めながら、遠い遠い地へ向けて呟く。
ただそれだけで幸せな気持ちになるのだから、人の心というものは単純で不思議なものである。

何かから逃げるような心持ちではないけれど、もしも心だけ、どこかに飛ばせるのなら、行き先はもう決まっている。



『心だけ、逃避行』

7/11/2025, 11:48:15 AM