かたいなか

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「『一番欲しいもの』?多分このアプリで言えば、有料で良いから広告削除プランか、もしくは文章に過去投稿分へのリンク埋め込む方法よな」
4ヶ月以上前から、なんちゃっての続き物で書いてきてるから、伏線回収が面倒なのよ。某所在住物書きは
スマホを下から上へスワイプし続けながら言った。
4月1日投稿分の文章になかなか辿り着けないのだ。
「後々の投稿の、ネタになればとバラまいたはイイものの、いざ回収するとなると『あの伏線いつの投稿で書いたっけ』だの、『そもそも伏線どこに張ったっけ』だの」
ここで続き物を書くの、なかなかにひと苦労。物書きはうなり、ため息を吐き、またスワイプし続ける。

――――――

7月17日か18日あたりから始まった、ありふれた失恋ネタの続き物も、これで一旦の小休止。
最近最近の都内某所、某アパートに、人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者が住んでおり、
元々家具の最低限最小限しか置かれていなかった部屋は、更に縮小的に整えられていた。
いつでも部屋を引き払えるように。執着の強かったらしい初恋相手の追跡から、すぐ逃げられるように。
部屋の主は名前を藤森といった。

「あのひとと、バッタリ会った」
生活感少ない部屋に唯一ある底面給水式の鉢を、そこに咲いた白花を、近くに置き、無念の寂しさで見つめて、藤森が言った。
部屋にひとりの来客があったのだ。
「初恋で失恋の、例の。加元さんに」
客は十数年来の親友で、職場の部署が隣同士。宇曽野という。藤森が「藤森」になる前、旧姓の頃からつるみ、笑い、悩みを共有し、たかがプリン一個でポコポコ喧嘩してはケロリ仲直りを繰り返している。
「居場所がバレたかまでは、分からない。でも、
……でも今のうち、言える間に、『こんな私を見捨てず、友人でいてくれてありがとう』とは言っておく」

「加元か。8年前あれだけ、『地雷』だの『解釈不一致』だのと、影でお前をこき下ろしたくせに」
初恋相手が藤森にした仕打ちを知っている宇曽野。花をチラリ見遣り、ため息をつく。
「なんでまた、その地雷を今更追っかけるやら」
フウロソウやモミジガサに似た葉は、ひとつひとつ形が違い、上の葉ほど丸く優しい。
花本来の時期に先んじて開いた白は、己の花言葉のもと、藤森の苦しみと悲しみと寂しさを、一身に引き受けているようである。
誠実に、礼をもって、弱きに寄り添う。
それは「騎士道」を花言葉にもつ、白花のトリカブトであった。

「私も、毒が、チカラが欲しい」
「ん?」
「こいつのように、人間を追っ払って遠ざけられるだけの毒が。誰も近づけさせない毒が。私も、欲しい」
「残念ながらお前は『附子』だ。人を救う薬であって、人を害する毒じゃない」
「くすり、」
「お前に今必要なのは、お前が本当に今一番欲しいと思っているのは――」

本当は、  、じゃないのか。
宇曽野はそれを口に出すことはせず、かわりに少しイジワルに笑い、空っからに透明なプリンの容器をポケットから取り出して、藤森に振ってみせた。

「おまえ、また私のプリン食ったのか」
「お前の大事な天目茶碗を割っちまったんでな。附子食って詫びようとしたんだが。おかしいなぁ」
「はいはいウソ野ジョーク。私の部屋に天目茶碗など無いし、それの元ネタ、プリンではなく砂糖か水飴だろう。で?」

「新しいの買いに行かないか。どこか近場で」
「道中であのひとに会ったら一生お前を恨んでやる」
「どうぞ。ご自由に。好きなだけ」

7/21/2023, 1:54:36 PM