茶園

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短い小説 『良いお年を』

 真夜中。世間はまさに年を越そうとしていた。
 とある村では、住民みんなが浮かない顔をしていた。その村にはある事情があった。

 村が廃止されるのだ。法律の関係で、“市”という大きな町に吸収されるのだ。市に吸収されると一体どうなるのだろうか。都市開発で村を壊されるのかもしれない。これは単なる想像に過ぎないが、何だか村が村でなくなる気がして、不安で、複雑な気持ちになってしまう。

 山の麓に広がる田や畑の地平線。これらをいつも活気よく耕す農家たちも、この日は農具を手にすることはなかった。

 村の人たちは集まった。この村が自分達だけの領域でなくなる前に、みんなで村の景色を眺めながら思い出を語り合おうと思った。
 みんな、数えきれない程の思い出を持っており、話が尽きることはなかった。それくらい、この村はとても大事に思っている。


 年が明けるまであと数分。みんなは黙り込んだ。
漠然とした不安を持ちつつ、村が終わる最後の瞬間を迎えようとしている。どうあがいても、時間は目も耳もくれず、無情に過ぎてゆく。
 そびえ立つ山、地平線を描く田や畑。まるで地球の果てまで続いているかのようだ。このまま、全部この景色になってしまえばいいのに。
 「消えてしまうのかな」住人の一人が言った。
 少し沈黙が流れてから、他の住人が言った。
 「消えないさ。それに、消えたとしても、私たちはずっとこの村の住人さ」
 みんなも同じ意見であった。未来への一筋の光を信じ、新しい年を迎える。
 “市”になっても、この村が良いお年を迎えれるように。

12/31/2022, 11:35:50 PM