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蹴り飛ばした椅子が立てる大きな音が、しんとした教室の中に鳴り響く。隣にたっている友達の金切り声が、まるで恋愛映画のラストシーンのようにこだまする。その金切り声が形成している言葉は、罵声だった。純粋に他人を貶める為だけの、醜悪な言葉。その言葉をかけている張本人は、さも自分が正義だと言う風に勝ち誇った笑みを浮かべている。そして、言われる側は、というと。真っ白な髪をくしゃ、と握りながら俯き、何もなかったような表情で、罵声が聞こえなかったフリをしていた。その態度がさらに癇に触るのか、友達のボルテージが更に上がる。真っ白な髪が引っ張られ、顕になった新雪のような肌に紅葉が降り注ぎそうになる。刹那、黙って耐えることしか能がないような無表情に、その瞳に、少しの希望の色が宿った。救いを求める感情をそのまま写し出している、私の心を真っ直ぐと射ぬいてくる、その視線を私はフッとそらし、窓の外の昼下がりの青空を見る。私が飛行機雲を見付けたのと、パン、という乾いた音がなって、小雪の頬に紅が刺されたのは、ちょうど同じ時間だった。
そして、放課後。
鋭い痛みに顔を歪ませる小雪を空き教室に待たせていた私は、友達との別れを済ませ、辺りを伺いながら指定した空き教室に向かう。扉の前で一つ深呼吸をして、今までの人間関係での"私"を、完全に埋没させる。自然に緩む口角に身を任せ、私は勢いよく扉を開けた。中には、小雪が座って私の方をまっすぐと見ている。小雪が、自分の鎖骨の辺りの場所で小さく手を振る。私は、精一杯申し訳なさそうな顔をしながら、小雪にかけよる。大丈夫、痛くない?なんて言葉を、あの救いの目線をしらこく無視している分際で。小雪は未だ残響する痛みに顔を歪ませながらも、何でもないような顔で、教室では滅多に見せないような微笑をたたえ、私の手を恋人繋ぎで握ってくる。私は、ごめんなさい。田中さんったら乱暴よね、小雪がこんなに可愛いからって、いじめて、暴力なんてふるって。皆、田中さんが怖いのよ。だから、本当にごめんね。そうやって、自分が悪くないといううすっぺらい欺瞞を、美しい言葉のヴェールで包む。自分に言い聞かせるように。小雪は無邪気にも、可愛い何て言ってくれるの、八坂さんだけですよ、なんてはにかむ。田中さんをけしかけているのは、私だ。クラスの中で一番"イケてる"存在になった私が、クラスにとっては毒にも薬にもならないような存在の小雪を、苛めさせたのだ。理由はただひとつ。小雪が可愛すぎて、私が常に小雪の一番になっていたいからだ。だからクラスの中でのいじめられっ子ポジションにして、小雪の心に消えない傷を毎日植え付けて、私だけがそれを癒すようにする。そうすれば、小雪は私しか見れなくなる。私が考えた作戦は、見事に成功しきった。私は、私の顔で埋め尽くされた小雪の瞳を真っ直ぐ見たあと、本当にいたそう。なんて言葉を掛けながら、小雪の頬にあるぶたれた痕に、くっきりとついた田中の指先まで、一つ一つ、丁寧に唇を落としていった。小雪のか細く、甲高い声が私の頭の中に極上のアリアとして刻み付けられる。こんなに感情豊かで、蕩けきった顔も、こんなに可愛い声も、全部私だけのものなのだ。そんなドス黒い感情が、白と赤で彩られた小雪の肌を、埋め尽くしていく。

7/18/2024, 4:00:13 PM