オレンジ色のオーバーレイがかけられた世界。
虫の声、カラスの声、公園ではしゃぐ子供たちの声。もうすぐスピーカー越しの『ゆうやけこやけ』が辺り一帯に鳴り響くのだろう。
いちにちの中で、私はこの時間がいちばん好きだった。
「でも君、夜は嫌いだって言ってたじゃないか。暗くて、不安で、さびしいからって」
あちこち塗装が剥げた緑色のフェンスに寄りかかり、ぼうっと空を眺めていた友人がそう呟く。
昼間の清々しい青色はもうすっかり明日の方に追いやられていた。
今日は濃い橙色。赤色もあれば、紫色から薄桃色まで、夕方の空はいつも飽きない色を見せてくれるのだけれど、やっぱりこの色が『夕』という字にとても似合っているように感じた。
「夕焼けなんて一瞬で、あの陽が山の向こうに隠れきってしまえば、もう夜を迎えることになるのに。
嫌いなものへの一方通行を愛しているだなんて、変なやつ」
つん、とすました態度は相変わらずで、私の感性にきみがまったくそうだと頷く日はきっと来ないのだろう。
きみは寒い夜に手を擦り合わせながら見る新鮮な星が好きで、私はあたたかで懐かしさを感じる太陽の『また明日』を見送るのが好きだった。
ずっと、昔からずうっと、私たちがぴったりと合うことはない。
それでもこうして、ただ横に並びながらなんでもない時間を過ごすのは苦にならなかった。
「でも、きみは眩しい朝が嫌いだって言ってただろう。そのために過ぎ去る夜が好きなのにね」
「……明日になればまた来るじゃないか」
言い返してやった私の言葉にほんの少し眉をしかめたその横顔が愉快で、ふは、と思わず吹き出した。
どうせ過ぎ去るのだ。どの時間を愛したとて。
それでもまたいつか同じ感覚を味わえると知っているからこそ、私たちはいつだってそれを好きだと言えるに違いない。
「じゃあ。また今度、一緒に星を見ようか」
もう太陽がおやすみを言い残していく。もう夕焼け色が深い藍色に乗っ取られていく。
それでも『次』は来るから。
伝えることこそないけれど、空の色が変わろうと、目に映る景色が何色に照らされようと、私はきみと並ぶ時間そのものを愛している。
【沈む夕日】
4/7/2024, 11:45:43 AM