俺、時止 不純(ときとめ ふじゅん)はある日、
とんでもないチート能力を手に入れてしまった。
それは『時を止める能力』だ。
試しに身近な人間に使ってみたところ――。
目の前で手をかざしてみても、相手は無反応。
まばたきすらしない。
どうやら本当に効いているらしい。
こんな能力を手に入れたらやることは一つ。
女子にあんなことやこんなことをさせる。
不純な妄想が頭の中を駆け巡った。
――
「おーし、みんな席につけ」
俺は指をパチンと鳴らした。
すると、世界が一瞬にして静止する。
クラスメイトも先生も、チョークを握りかけた指も
石のように固まって動かない。
しめしめ、あっさりと上手くいったな。
俺は教室の丁度真ん中らへんの席へ向かう。
お目当ては、高根 野花(たかね のはな)。
クラスでも特に可愛いと名高い美少女だ。
大きな瞳、潤んだ口元。制服の上から視線を這わせ、ゴクリと喉を鳴らす。
そうして俺が高根に手を伸ばしかけたその時、
「時止、何してんの?」
心臓が破裂するかと思った。
声をかけてきたのは、武江 櫂(むこう かい)。
明るくスポーツができて、いつもクラスの中心にいるカースト最上位のやつだ。女子にキモがられている
陰キャの俺とは住む世界が違う。
予想外の不穏分子に対して、俺はフリーズしたまま
直立不動になった。全身に冷水をぶっかけられたように肌が粟立つ。
武江は席を立ち、固まったクラスメイトの間を
縫うように、ゆっくりと俺に近づいてきた。
足音だけが、静寂に包まれた教室に不気味に響く。
「今、高根に何しようとしてたの?」
「い、や、なにって、それは……」
てかなんでこいつ、動けんの!?
「さてはよからぬことを企んでたな」
目の前まで来た武江が俺の顔を覗き込み、
一層笑みを深めた。それはまるで俺の汚い本心が
見透かされてるみたいで、酷い寒気がした。
――
静寂の中心で、俺の苦しげな吐息と制服が擦れる音、そしてあられもない音が響いていた。
目の前には固まって動かない高根、後ろには武江。
どうしてこんなことになった。
「ぐっ……うっ」
机に縋りついたまま、口元に手を当て声を押し殺していると、武江が俺の耳元で囁いた。
「早く終わってほしい?」
その声に、俺は何度も首を縦に振る。
「じゃあ、能力解いたら?」
武江の声には、明らかな嘲笑が含まれていた。
馬鹿が。お互い下半身丸出しのまま繋がった状態で
解除なんてしたら、俺もお前も共倒れだ。
いっそのこと、こいつの評判を地の底まで
叩き落としてやろうか。だが俺にそんな勇気もなく、
ただこの歪な状況を耐えるしかなかった。
――
能力を解除すると、
魂が吹き込まれたように再び時間が動き出した。
「よ-し、今日は昨日の続きからやるぞ」
「先生……」
おずおずと手を挙げ囁く俺に、
クラス中の視線が突き刺さる。
「どうした時止」
「すみません、トイレ、行ってきてもいいですか」
顔色を悪くさせ俯いたままでいる俺に、
「おう。大丈夫か?授業始まる前に行っとけよ」
先生は気を遣ってくれた。
廊下に出る直前、武江と目が合う。
口の端だけで笑うあいつを見て、屈辱と羞恥から
腹を押さえたまま、俺はトイレに直行した。
それからだ。能力を使って女子に手を出そうとする度、ことごとくあいつの邪魔が入るようなったのは。俺の計画は全て失敗に終わった。
チート能力を唯一無効化できる人間、武江櫂。
ホントなんなんだよあいつ。まじでタヒねよ。
お題「静寂の中心で」
10/7/2025, 5:00:10 PM