「ばーーか!エイプリルフールの嘘に決まってんだろ!」
そう叫び、赤い顔を隠しながら走り去った昔の自分を、毎年この日に必ず思い出す。
自分が言ってすぐ嘘だと否定した言葉に頬を染め、返事をしようと薄く口を開いたあの子が、その後どんな顔をしていたのか、本当は何を言おうとしたのか僕は何も覚えていない。
ただ、大人になってもこの日が来れば懺悔でもするように思い出す。
ああ、どうして誤魔化してしまったんだっけ、あの子が友達と話していた好きな人のことが気にかかったんだっけ…。
あの数秒間だけ彼女の好きな人が自分だと思い込めなかったものだろうか。そうしたらもしかしたら………。
僕はなんて卑怯な男なんだろう。毎年4月1日、新生活の初めに必ず地の底まで自己肯定感が落ちる。なんでも嘘をついていいあの日に絶対についてはいけない嘘をついた罰を、もうずっと受けてる。
並木道の桜をぼうっと見上げながら毎年同じことをぐるぐる考えている。もう会社に着く、そうしたらまた仕事をして、帰る頃にはすっかり疲れて忘れて、そして明日スマホで日付を確認した時に一瞬でも失念した自分を責める。
ああ、憂鬱だ。
「おはようございます。先輩。」
鈴のような美しい声が聞こえた。僕に向けた挨拶だと気がつくのに時間がかかった。軽く挨拶を返そうとした時、その人が何かとても楽しそうな様子であることに気がついた。僕になにか期待しているような……。
「………さくら?」
おずおずと尋ねると、可笑しそうにふふっと笑い、覚えててくれたんだと笑う君。忘れるわけがない。毎年君を思い出していたよ。もしもう一度逢えたら次は……。いや、その前に謝るんだ。
口をひらきかけたが、彼女の方が一瞬早く話し出した。
「私は貴方の事なんて今日まで忘れてたよ。だけど、院出て就職決まったって友達に話したら貴方も同じ会社だって聞いて…。ふふ、最悪!」
……そりゃそうだ。次なんて、あるわけない。あの時の彼女の返事がどっちだろうと、最後までちゃんと聞かなかったことは少なからず彼女を傷つけ不快にさせただろう。
情けなくて、何年も頭の中でシュミレーションしていた謝罪とは到底程遠く、口の中でもごもご小さくごめんと呟いた。
それを聞いた彼女はもっと笑顔になって言った。
「ばか。エイプリルフールの嘘だよ。」
4/1/2024, 11:57:44 AM