修蔵は母に買物を頼まれ大通りを歩いていた。青年と呼ばれる年も過ぎ一人前としての生活にも慣れてきた筈であるが、それでも他人から青年と見られる位の爽やかさを持ち合わせていた彼には女の影は一切なく、修蔵も其れを気にし始めていた。街ゆく人の姿を朧気な形で捉えながら歩く彼の目にふと、小柄であるが華やかさを身に纏う女の形がはっきりと映った。彼女は鴉色の美しい髪に桜色の髪飾りをしていたが一切顔が見えなかった。ただ、何故か彼女は修蔵の目を引きつけて離さなかったのだ。修蔵は単純にこの女との接点が何でもよいから欲しいと思った。そこで彼は初めてはっきりと辺りを見渡した。彼は霧がかかった色彩を見た。そして目の前の花屋に駆け込み、その中で最も目を引く場所に置かれた薔薇を一輪買い、彼女を追いかけた。修蔵の目がその女をもう一度捉えるまでに一秒もかからず、彼は小走りで近づいて「お嬢さん」と話しかけた。小柄な身体で小さく驚いて髪を揺らしながら振り向いた彼女の顔は透き通るほどの白さで、髪がかかった瞳は修蔵の心を引き込むには十分すぎる黒さだった。その時修蔵は後悔した。
彼女に薔薇の花は似合わない、彼女は白百合だったのだ。修蔵はただこの女をもっと知りたいと思った。
3/12/2026, 1:23:17 PM