ふわふわのもち

Open App

すれ違いざまに鼻先を掠めた香りのせいで、忘れ去っていたものが脳裏を過ぎった。
思い出したくないものだったのか、それとも思い出す必要のないものだったのか。今となっては分からない。
けれど、それは確かに事実として私の心を押し潰し続けていたはずのものだった。
その場で振り返り、香りを纏っていたであろう人物を探す。けれど、不慣れな町の人混みの中ではすれ違っただけの誰かを見つけることなんて出来ない。
香りの持ち主であるだろう誰かは見つけられないまま、雑踏のすみっこに立ち尽くす。
……いや、きっと見つけられなくて良かったのだろう。見つけてしまえば、きっと私は私の傷をその人にぶつけてしまうから。
浮き彫りになった記憶がまた目に触れないよう奥底へと押し込んで歩き出す。
もう、振り返ることはしなかった。

11/9/2022, 4:12:02 PM