tokiwa_x3_2

Open App

何日も寝れない日が続いた。
寝なければと目を瞑ると、彼が瞼の裏に浮かんでくる。怒りの様な喜びの様な、色んな感情に振り回されて、歪んでいるような。
 

それが最後に見た彼の表情だった。
 

それからどうなったか、記憶の無いまま「居なくなった」と彼の事をよく知る人から伝えられて、寂しくて悲しい、なんて良く分からず、ただ静かに状況を飲み込む。
最後に会う数週間前、彼から別れ話を切り出されて、戸惑ったが一瞬で「そうですか」と、ただその言葉を受け入れた。
特に何も言わず、表情一つ変えなかった彼が、私を殺す時にだけ複雑に歪んだのが心残りで苦しくなる。
 

浸かっていた顔を水から出す。
 

温水のプールなのに、体中を包む水は冷たく感じる。ただそれもどうでも良くなってきて、水底に自分をまた沈めた。
重力に逆らって空を見ているよりも、水の中でただ光の揺らめきを見ている方が楽しい。
寂しくて悲しい事も、その感情すら忘れられるような気がして、水の泡が光に吸い込まれるのを見つめる。
手を伸ばしてそれを掴もうとしたが、すり抜けて消えてしまい、何も残らなかった。

結局愛しているかどうか分からずに、関係は終わってしまって、私の愛も嘘だらけだったんだなと嫌になる。

彼に対して何を思っているのか分からなくて、好きでもないのに「愛している」と言われて、愛なら分かると手を取ったのに、最後には一人で何もせず沈んでいる。
残ったのは何色にも光ることの出来ない、透明な自分だけで、彼の最後の表情の意味すら感じ取る事が出来なかった。

息が続かなくなってきたけれど、このまま沈んでいけたら苦しさも忘れるだろうか。既に私は死んでいるのかもしれないと思うと、もうどうでも良かった。


彼を愛していると、私みたいなやつでも、
誰かを愛せると勘違いをして、
自分だけ浮かれて、本当に、



「バカみたい」
※再掲

3/22/2024, 2:24:41 PM