三日月

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夢と現実

田舎から出てきて東京の大学を卒業した私は、そこそこ有名な大手企業に就職した。

職場は東京にあるけど、家賃が高くて東京に住むのを躊躇い、大学時代から住んでいる埼玉で生活しているので通勤にはいつも電車が欠かせない。

しかも、まだ入社したての私は朝も早めの出勤だというのに、早朝から電車に乗り込む人の数が多く、毎日満員電車に揺られ、ヘトヘトになりながら通勤していた。

職場に着くと、私の仕事は朝の上司のお茶くみ(珈琲を入れること)から始まる·········。

上司は、機嫌が良いとありがとうと言ってくれるけど、機嫌が悪い時は当たられることはないものの無言になるのでとてもわかり易い人だった。

昼休みになると、今度はコーヒー片手に女の先輩方の恋話を聞かされるので、私はいつも聞き役に徹する。

とはいえ、毎日良く別れる選択肢が出てこないなと感心する程、付き合っている彼氏の愚痴や嫌味を散々聞かされるので、時々苦痛になることもあるのだけれど、決して「別れたりしないのですか?」とは言わない。

だって面倒くさいから··········。

人はただ聞いて欲しい生き物なのだ。

そんなある日のこと、私は初めての職場で開発チームの仲間入りをさせて貰えることになったのである。

念願叶ってチームに入れて貰えたので、嬉しくて仕方ない私でしたが、チームで新人の私に口を挟むことは許されないのか、自分の思う意見を言いたいのに言わせて貰えない状況が続いていた。

(··········こんなのなんの為にチーム入ったかわかんないじゃん、そもそもコピーやら、資料集めやらら雑用ばっかりだし··········)

いつしかストレスを抱えるようになり、職場で言えない分、家での愚痴という独り言が増えていく始末。

(この開発チームから抜けようかな)

そんなことを思っている時だった、タイミング良く上司が労いと称して飲み会を開催してくれたのだ。

その時、飲み過ぎには注意と思っていたのに、学生時代のようにペース配分を考えず飲んでしまった私は、酔いすぎてしまう··········。

気付いた時には自分の部屋のベットで、何故かパジャマに着替えて寝ている。

起きてから頭が混乱する私は、飲み会の時のことを必死に思い出そうとしているのに何も思い出せない。

··········いたたたっ!

飲みすぎているせいで、頭がガンガンする程の頭痛に襲われる。

「大丈夫!?、ほら、これ飲んで」

そんな私に水が入ったコップを手渡す上司··········。

「えっ、えーーっ、ちょっと、何で|桐谷《きりたに》上司がここにいらっしるんですか」

「あれれ、何にも覚えてないの?」

そう問いかけられたけど、何も思い出せない。

でも、よく考えたら、私はブラをしないまま今パジャマを着ていて··········確実に着替えている。

(下着を付けていないってことは··········えっ、嘘でしょ!?)

もう、訳が分からず、酔いが覚めていないのか、なんなのか目の前がクラクラしてくる私。

「へー、何にも覚えてないんだね!  気持ち良かったよ」

「ちょ、ちょっと··········それってどういうことですか?」

「そのまんまの意味だけど··········?」

どう捉えたら良いか分からないまま放心状態になる私。

「あぁ、これだよ、これ、」

そう言って桐谷上司が手にしていたのは毎晩私がしている顔パック。

「そ、それは私の··········」

桐谷上司の話では、私が余りにも酔いすぎてしまったので、帰りの方向が同じということから、一緒のタクシーに乗り送ってくれたのだという。

ところがタクシーから降りて一人で部屋まで辿り着けそうにないことを心配してくれた上司が部屋まで連れてきてくれたのだというのだ。

私の意識が朦朧としていたものの、部屋の鍵を手渡してくれたので、部屋に置いたら帰ろうたしていたらしい。

ところが、私が強い力で桐谷上司の腕を掴んで離さなかったのだという。

その後、徐ろに化粧落とし用のコットンで化粧を落としてパックを始めたものの、上司にも強引にパックを勧めたようで··········上司はそれに付き合ってくれたというのだ。

でも、それだけで終わらず、私はあろうことか桐谷上司に対して、せっかく入れてもらった開発チームの愚痴を言ってしまったらしい。

「す、すみません··········私、顔パックの件だけじゃなく愚痴まで言ってしまって··········」

目の前がまたクラクラしてきてもうお終いだと思った。

こんな人間が開発チームにいられるわけがないし、この会社にいるのも難しいかもしれない。

「色々大変だったね、|森口《もりぐち》さん、気付いてあげられなくてごめん。  メンバーにはそれとなく話すよ、だからこれからも応援してるから宜しくね」

ところが桐谷上司は私を怒らず、ニコッと微笑んで応援すると言ってくれたのだ。

「あの、ありがとうございます。  そ、それより桐谷上司には奥さんもお子さんもいらっしいましたよね。  私のせいで帰宅出来なくなってしまって··········あの、私どうしたら良いでしょうか?」

私は上司からの優しい言葉に嬉しくなっていたけれど、ふと、桐谷上司には家族がいることを思い出した。

「あはは、それは気にしなくて大丈夫だよ。  普段から良く仕事が忙しい時は会社に泊まり込んでるだろ、だから家にはも帰れないって連絡入れといたからね」

でも、そうだな··········と言ってそのまま私を押し倒してきて··········。

家に帰宅した直後、自分でパジャマに着替えた私の掛け違いになっているボタンをゆっくり外すと、私達は恋人同士でもないのに、私はそのまま桐谷上司を受け入れ、身体を重ねた。朝まで何度も··········何度も··········。




それから、私と桐谷上司の関係は続くことになる。

奥さんにバレるかもしれないというスリルがあるからドキドキが増していたのかもしれないし、彼が既婚者で簡単に手に入らないと分かっていたから、余計に執着していたのかもしれないけれど··········恋人でもない、セフレのような関係は続いた。

これを世間一般では不倫というのだろう。

不倫はクズな人間がする行為である。

分かっているけど··········現実に戻るのが辛かった。
分かっているけど··········関係が止められない。

普通の恋人同士と違って、二人で会える時間や日数が限られるからこそ、その分二人はベットで燃え上がった。

ところが二年後、私達の関係に終わりが訪れる。

価値観も会うし、髪型やメイクの少しの変化にさえ気づいて褒めてくれる彼。

私はそんな彼と少しでも永く今の関係を続けたくて、彼の心を繋ぎ止めていたくて、関係を壊さないようにと都合の良い女を演じてきた··········女優でも無いのに。

気持ちは一緒になりたいけれど、彼の気持ちは私だけに向いていない··········漸く無理だということが分かってしまい、都合の良い女を演じるのが馬鹿らしくなったのだ。

それからの私は、会社も止めて、携帯の電話番号もアドレスも変えると、辛いと思っていた現実に戻ることにした。

【ずっと大好きでした】

これが、私が彼にした最後のメール。

当たり前のように街中で手を繋ぎ歩くカップルがいる。

この中に本当の恋人同士は何組存在するのだろうか。

そんなことを思いながら今日も人混みを歩き、何の変哲もない日常を送る。

彼がいなくなり寂しい時もあるけど、これから少しずつ彼の居ない日常を取り戻して行けたらいいなと思います。

















12/5/2022, 3:49:15 AM