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ルール

この言葉を見て、お題の更新時間というルールに縛られていると思った。
お題を自ら更新し縛られに行ったのは私なのだが。
ルールに従い、昨日書いていた途中のものを諦めて今日の文章を書いていく。
昨日は38度の風邪によって頭がふわっとしていた。
ゆえに書ききれなかった。
言い訳しても仕方がないし、誰に対してかも分からないが、とりあえずそれだけ書いておく。

ルールとは、人々が共生しつつ自由に生きるために、最低限守るべきものだと思った。
そうであって欲しいという希望もある。
定める人の道徳心や良心の度合によっては鬼畜なものが生まれる可能性もあるだろう。
校則もルールだし、ブラック校則なるもので理不尽な制約を受ける場合もある。
友達の学校では、靴下の色や長さが決まっているのに指定の物が無く、市販品の中で条件に合うものを見繕わなくてはならないらしい。
面倒くさいルールである。

これは連想ゲームみたいなものだな。
同じテーマではあるが、文章と文章が上手く繋がらないような感覚がある。
思い浮かべる事象を片っ端から書くと、少しおかしな感じがする。
もちろんそうは思わない方々もいるだろう。
この感覚も自分のルールなのかもしれない。
今回は修正しないでおこう。ルールに反していることを明記したことで、自分に許された気がする。

自分を許すとはなんだろう。
なぜ自分に許せない瞬間があるのか。
自分で行動した結果にその判断があるのは不思議だ。
自分のルールがあるのなら、なぜ許せないことをしてしまうのか。
それは自分が思ったより優秀でないからかもしれない。
実際より優秀な自分を元にルールが作られている。
だから違反してしまう。つまり完璧主義なのだ。

自分のルールは厳格すぎると思う。
この文章も書いたそばから違うと思って修正していく。
そんなにきちんとした文章が書けるわけでもないのに、ルールによって変えられていく。
始めにその言葉を発案した私が可哀想ではないか。
そんなことを言ったって、違うという違和感は正したくなってしまう。
試しに誤字以外何も修正せずに書いてみよう。

書こうと思っても文章が思いつかない。
当然だ。ルールの話をしているのに、ルール無しで書こうとしているのだから。
話したいことが話せない。
というか、修正なしなのが怖い。
普段どれだけ文章を途中で修正していたかが分かる。
読み返しながら文章を書く癖があるため、前の文章がルールに反していることに後から気づく。
今は修正できない。悔しい。

自分のルールに違反している、しそうなのが嫌なため、無法地帯はここで終わりだ。
一見なんの問題も無さそうな章だったが、これでもルール違反が複数箇所ある。
これでもいいが、こっちの言葉の方がずっと良いという感覚が、ルールとして定着しているみたいだ。
凝り性なのだろう。

風邪も治っていないのでこの辺にしておく。

私は日記を書くというより、1つのことを自分なりに考え続けるのが好きなのかもしれない。
夜にお題に答えると、次の日にも考え事をしてしまう。
お題がないのに昨日のお題以外のことを延々と考える。
考えている時間が楽しい。
お題以外の考えはメモアプリにでも残しておこうかと思う。
ここまで読んでくれた方がいらっしゃれば、ありがとうございました。

4/24/2026, 12:13:10 PM