「珍しい。お前がイヤホンなんて」
「ん。あのね、シャンシャンうるさかった」
ぶすっとしたその生物は防寒しきれなかった鼻の頭を赤くさせている。首許から耳のすぐ下まで、ほとんど耳朶を覆うために伸ばされたタートルネックが、マフラーの下から少し覗いている。こんな格好をしていると、首を竦めたときにイヤホンが外れてしまうのだとか。
「だからきらい」と言っていたのに、珍しい。
「あのね、あったかい紅茶ほしい。温度も上げて」
「空調は効いていますよ」
「たんない。さぶい、さぶい」
「光熱費も馬鹿にならないんですからね、まったく」
仕方がないから壁に埋め込まれたモニターで空調をいじって――――はやらず、すでに廊下のどん詰まりで待機していたストーブを焚いてやった。
手早く電気ポッドで沸かした湯にティーバッグを放り込み、色が滲む前にその生物の手に持たせる。
じんわりと器を介して熱が冷えた手を融かしてゆくだろう。
いつの間にか部屋着にチェンジしていたそれの姿は、さっきよりも薄着に見えるのは確かだ。いつまで経っても難しい年頃の感性のまま。
「あまり近すぎると危ないですよ」
「…あのね、それなに」
「鍋です。せっかくストーブを焚くので、お夕飯はこれにしようかと。水が少なくなっていたら足して下さい」
「ふぅン」
ジロッと見てくる生物のグレイの目は見透かしてくる。……簡単に見透かされてそれに自尊心を削られるほうがいけないのだろうか。
「昨日のね、「あッ」て声はこのことだったの。寝る前だったのにベッドから出て」
「うるさいです。……テレビを点けて」
音声認識でリビングのテレビの電源が点く。パッと映ったのは、夕方のニュースチャンネルだ。クリスマス一色――――厳密にはわずかな正月を差し色にはしているが、ともかく、映ったそのストリートは赤色と緑色それから白色でデコレーションされている。
同じようにトナカイのツノを被ったリポーターが、人だかりが賑わうイルミネーションを背景にマイクを握っていた。
もちろん、効果音には頻繁にベルが鳴る。
シャンシャン、
何かあるたびにシャンシャン。
すでに整っている野菜をビニールから取り外し、鍋に入れてゆく。にんじん、馬鈴薯、たまねぎ、キャベツ、ブロッコリー、蕪。
ひどく簡単で手間いらず。その謳い文句に感心してしまう。もう味付け用の調味料もパッキングされており、それも鍋に入れてしまえばいいのだから。
牛筋とブロックベーコン、ダメ押しのウィンナーは控えめに。
その少し下で、それは口をむにむにと尖らせたりしながら手のひらを火に向けていた。
「……」
「あのね、なあに」
「…いえ」
あの人違いを起こしそうなほどの仏頂面はどこへいったのか。
この生物は案外、五感が澄んでいる。いまはイヤホンをしていないから、テレビから鳴るベルの音は外とそう変わらないだろうに。
シャンシャン、シャンシャン。
『―――が行われていて、この時間からすでに家族連れやカップルの方々が――――』
「テレビ、消しましょうか?」
「ん-ん、いまはいい」
「そう、ですか」
むしろご機嫌になっている。
相変わらず不可解な生物だと思う。
#ベルの音
12/21/2024, 9:09:50 AM