氷室凛

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 かろうじてすれ違えるくらいの細い道を、歩く、歩く。

 もうどれくらい進んだだろうか。山中のトンネルのようなこの道に地上の光は届かず、時間の経過がわかりづらい。数歩おきに照明魔法陣が敷かれてはいるものの、魔法の光量は常に一定だ。もうかなり歩いたような気もするし、まだ入ってすぐなような気もしてくる。
 くねくねとした道は幅だけでなく高さもない。少しだけ腰を屈めないとぶつかる天井に、イルはもう大分辟易していた。

 狭い道幅。薄暗い通路。くねくねと上がったり下がったりする道のり。
 珍しくイルの方から休憩を提案しようとした矢先、

「……! わぁ……!」

 前方を歩いていたロキが感嘆の声をあげた。
 なんとか自分を鼓舞し後ろからそれを覗き込んだイルも、

「これは……。スゲェな」

 今までの疲れも忘れ息を呑んだ。

 目の前に広がるのはここまでの道のりが嘘のような広い空間だ。面積はもちろんのこと、高さも貴族の屋敷がみっつは積み重ねられそうなくらいある。

 そして、なにより。
 突如現れたその空間は街になっていた。黒い岩肌がくり抜かれ家となり、地上ではそこかしこで絨毯を敷いた露店が開かれ活気がここまで伝わってくる。
 人の歩かない場所には天然なのか人工なのかカラフルな鉱石が生えていて、淡く黄緑色に光るコケを反射してキラキラと眩く輝いていた。

「山ン中なハズなのに……思ってたよりずっと広ェ。それに、住人もこンなに……。ヘタな他の都市より活気があるぞコリャ」
「ね、ね、すごいでしょ。都市の内部はヒカリゴケが自生してて、それを鉱石が反射して魔法がいらないくらい明るいんだって! 話に聞いてた通りだ! 洞穴都市、またの名を迷宮都市。ずっと行ってみたかったんだけど、まさか本当に来れるなんて……!」

 輝く鉱石の光がロキの目に映る。イルはその頭にポンと手を置いた。

「よし。休憩がてら少し街を見て回るか」
「え? でも……。僕たち、観光に来たんじゃないんだよ」
「そりゃそうだ。だが常に気を張ってたら大事なときにバテちまう。思えばせっかく各都市を回ってるってのに、今までロクに街並みも見ちゃいねェ。……洞穴都市なンてそう何度も行ける場所でもねェしな。ここで街を見とかねェと、いつか後悔しそうだ」

 重心を右に左に移動させながら聞いていたロキは、

「……そ、そういうことなら……」

 とモゴモゴと言うやいなや、パッと顔を上げた。

「早く行こう、イルさん! ここは鉱石を模した見た目のスイーツが有名なんだって! あと色とりどりの鉱石に囲まれた滝壺ってのも見たいし、唯一太陽が差し込むって場所も気になるし、迷宮都市の名の由来の細い路地も探検したいし……早く行こう!」
「落ち着け、走るな危ねェぞ! ──ははは、あーはは!」
「……こっわ、なにいきなり笑ってんの?」
「なンでもねェよ! あー腰痛ェ!」




出演:「ライラプス王国記」より イル、ロキ
20241008.NO.75「束の間の休息」

10/8/2024, 11:55:31 AM