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もしもタイムマシンがあったなら


「もしタイムマシンがあったのなら、いつに戻るのが最適解か。」
私の数少ない友人の、私のたった1人の親友である彼は、いつも通りのしかめっ面をしてそう問いかけた。お気に入りのカフェで行われる2人だけの討論会。話すのは意味の無い雑談の延長戦。
「戻るのは前提なんだね。君にしては意外だ。」
偏屈で堅物としか言いようのない友人は、たしか決定論を支持していたはずだ。たとえタイムマシンが実現したとしても、歴史の一貫性を壊すような、パラドックスとなる行為は出来ない。そんな話。
以前、過去に戻ったらという問いに、小学生時代に戻って十何年分の宝くじを当てまくるといった私に対して、彼は冷ややかにそういったのだ。見下すような目で見てきたコイツを私は忘れない。
「意外も何も、私にだって変えたい過去の一つや二つある。ただ、変えたい過去を最善の過去にするためにはどのタイミングに戻ればいいのかと。」
「変えたい過去、ねぇ。」
コイツが主張を曲げてまで、変えたい過去とは?

やっとこさテーブルに乗った彼のサンドイッチは思考の前に放棄された。この店の自慢であるカツサンドには目もくれず、見覚えのある古い万年筆を頭に押し当てている。それが彼の癖だった。集中している時、手に持っているもので頭を押す。周囲には目もくれない。
「結局のところ、そのタイミングの直前がいいんじゃない?あまりにも前過ぎると忘れてしまうし。」
「それで変えたい出来事に対応出来なければ意味が無いだろう。」
それもそうだ。例えば事故を防ぎたかったとして、それが起こる1秒前に戻ってもきっと防ぐことは出来ない。ただ、その変えられなかった過去を見届けるだけだ。
それなら直前は最適解ではない。

そもそも、コイツは一体何を変えたいのだろうか。最適解を見つけたい問はその変えたいものなのだろう。
恥ずかしい思い出?辛かった記憶?染み付いた後悔?自分のこと?それとも、他の誰か?
気になってしまえば分かるまで引けないのが私の性分というもので、頭にあるのは最適解よりもコイツの変えたいもののことだった。

「君は一体何を変えたいのか、その前提が分からなければ話し合おうにも話せない。そうだよね?」
「……確かにな。」
そうして彼は渋々と言ったように、ポツポツと語り出した。

なんでもコイツは、人が死ぬ運命を変えたいらしい。
この偏屈で堅物の変人野郎にそんな相手がいるとは思えなかったが、真剣で、それでいて悲壮感のあるその顔を見れば茶化せなくなってしまった。
運命をねじ曲げて、せめて今自分がいる時まで生きていて欲しい。だが、何度考えても上手くいかない。たとえ初めの死因を回避出来たとしても、別の事象が殺してしまう。そうやって何度も何度も思考実験を繰り返し、行き詰まった。
だから、気分転換に話にきた。と、彼は言った。

「ねぇ、その運命を変えたい人、死んでしまう過去の人って。」
「もしかして私だったりするのかな?」
返事は無い。ただ、ゆっくりと万年筆を置いて、目を閉じる。そして意を決したように、ゆっくりと開いて私を見つめた。そして、
「なぜ」
と、一言問うのだ。

初めから、正確には彼が遅れてこのカフェに入ってきた時から違和感はあった。
見たことがないコートを着ていたこと、いつもは頼まないようなカツサンドを頼んだこと、先日あげたばかりの万年筆が古ぼけていたこと、彼の信じているものが変わっていたこと。
きっと私の知る彼と目の前の彼には大きな時間のズレというものがあって、その隙間で変わったのだろう。彼は私が知っていて、それでいて知らない彼なのだ。

なんでも私は、今から数年後にとても凄惨な死に方をするらしい。誰もが後悔するような、生きていて欲しかったと願うような、そんな死に方。詳しくは教えて貰えなかった。
彼はそんな私の未来を、彼の過去を変えようとしたらしい。そのためにタイムマシンなんてものまで作って、過去を変えようとした。

だが、私の結末は変わらなかった。彼の変えた運命はまた私に降りかかり──私はとても凄惨な死に方をしたそうだ。
彼が辿り着いた結論は
「過去は変えられない」ということ。皮肉にも、昔の彼が辿り着いていた決定論そのものだった。

「ここに来たのはほんの気まぐれだった。結論が出て、諦めて、最後の悪あがきにお前に聞きに来たんだ。お前なら別の答えを知っているんじゃないかと思ってな。」
「未来の君が知らないのなら、過去の私が知っているわけがない。」
「ごもっともで。」
すっかり冷えきったカツサンドにやっと手をつけて、未来人は苦笑した。

「でも、君がここに来た意味はあったのかもしれない。」
未来人は停止する。今度は困惑の色をめいいっぱい広げて、
「なぜ?」
と、一言問うたのだ。

過去は変えられない。それは彼が何度も試行した時間遡行で思い知っている。
過去というのは、歴史というものはもはや神の領域だ。今を生きる人類には手を出すことが出来ない不可侵領域。
だが、未来というのは私たちのものだ。私たちが動き、考え、創り出す。今を生きる人類のための領域。
たとえ過去を変えられなくても、未来は変えられるのかもしれない。彼が変えられなくても、未来の私が変えれられなくても、過去の私なら、未来が存在する私なら間に合うのかもしれない。

「つまるところ、タイムマシンで戻るべきタイミングの最適解とは、その変えたい瞬間が、変える人にとってまだ未来である時。というわけさ。」
そりゃ君には変えられないわけだよ。

鳩が豆鉄砲を食らったような顔とはまさにこの事だろう。いや、空いた口が塞がっていないと言うべきなのか。なにか文句を言いたげな素振りをした後、それを飲み込んだ。
「馬鹿げている。そんな屁理屈のような、おかしな理論が通用するか。」
「試してみればいいじゃないか。私が未来を変えられたかどうか。そもそも、私が君の思い通りになると思ったことが間違いなんだ。」


「それじゃ、未来でまた会おう未来人。」















7/22/2024, 12:56:33 PM