sairo

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「好きだよ」

何十回目の告白は、いつものように彼女の無言の一瞥で終わる。
落ち込みたくなるが、彼女の前だ。必死で笑顔を作ってごめんね、と一言呟き、駆け出した。
いつもの事。何も変わりのない、日常の一場面。分かっていたはずだと自分に言い聞かせ、必死に嗚咽を噛み殺す。それでも気持ちを抑えきれず、元の小さな雀の姿に戻り、空へと羽ばたいた。



「僕が小さな雀だからかな」

適当な木の枝に止まり、溜息を吐く。
彼女の前では、いつも人間の姿になっている。けれども聡い彼女の事だ。自分の本当の姿を、すでに知っているのかもしれない。

「僕が人間だったらなぁ」

或いは、彼女が妖だったのなら。
そうすれば、希望はあったのかもしれない。考えれば考えるほど、気分が落ち込み俯いた。
もう、潮時なのだろう。

「明日…もし明日駄目だったら、諦めよう」

言い聞かせるように、言葉にする。諦めきれない事は明らかだけれども、このまま続ける訳にもいかない。相手を考えない告白は、ただの迷惑だ。彼女に嫌われてしまうのは嫌だった。
俯く顔を上げ、空を睨む。泣きたい気持ちを誤魔化すように、弓張月に向けて声高に鳴いた。





遠く彼女の背を見つけ、地に下りる。
人間の姿を取って、可笑しい所はないかを確認する。これで最後なのだからと、今日は念入りに。

「最後はせめて、かっこよくしないと」

気を抜けば泣きそうな目を強く閉じて、開く。遠い彼女の姿を焼き付けるようにして見つめた。

「好き、だなぁ」

彼女が好きだ。表情のあまり変わらない彼女が、ふとした瞬間に見せる微笑みが、大好きだ。
さりげのない優しさも。誰に対しても誠実な所も。自由気ままな所も。彼女を構成するすべてが好きでたまらない。
ふふ、と思わず笑みが零れ落ちる。こんなにも大好きな気持ちを全部伝えられたら、それで十分な気がしてきた。
彼女に受け取ってもらえなくても。好きの気持ちは捨てずに、大切に鍵をかけてしまっておこう。
昨日までの苦しい気持ちはどこかに消えて、軽い足取りで彼女の元まで歩いて行く。

「おはよう」

声をかける。振り返る彼女に笑いかけ。

「あのね、」
「ずっと思っていたのだけれど」

好きだよ、と続くはずの言葉は、けれど彼女の言葉に掻き消される。
いつもとは違う事。初めて返された言葉に、何も言えずに立ち尽くす。

「君の目に、私はどんなふうに映っているの?」
「――え?」

僅かに顰められた眉に、肩が跳ねる。
どんな、と問われて、色々な言葉が頭を過ぎていく。
可愛い。優しい。綺麗。
けれど混乱している思考では、思いつく事は一つも言葉にはならず。

「普通の、人間の女の子」

彼女にとっては、意味の分からないであろう言葉が口から零れ落ちた。
あ、と後悔するよりも早く。彼女の深い溜息にびくり、と体を縮こまらせる。

「そうだろうとは思った」

怒らせてしまった。その後悔は、彼女の呆れを乗せた声音に疑問に変わる。初めから理解しているような口ぶりに、恐る恐る視線を向ければ、彼女の深い緑の目と交わった。
随分と瞳孔が細い。さらに疑問が膨れ上がる。
それは、まるで猫のような――。


「気づいた?ご先祖様に、猫がいたらしいよ」

目を細めて笑う彼女に、文字通り飛び上がって驚いた。

「え…え、それって」
「考えていたのだけれどね」

情報が多すぎて理解が追いつかない自分をよそに、彼女は淡々と言葉を紡ぐ。

「君の好き、の言葉に同じ言葉を返したいとして。それってちゃんと君と同じ気持ちで届くのかな。捕食対象に対する気持ちと誤解されない?」

例えば、美味しいケーキを前にした時の、好きの気持ちに聞こえないか。
眉を寄せて真剣に悩む彼女に、淡い期待と恐れが混み上がる。喜べばいいのか、怖がればいいのか分からずに、それでも確かめたい事が一つあった。

「それって、つまり…僕の事、好き、って事?」
「そういう事…君が、好きだよ」

目を細めて彼女は笑う。
嬉しい。夢みたいだ。そんな幸せな気持ちとは裏腹に、その笑みが猫のように見えて、思わず元の姿になって空を舞い上がってしまう。

「――あ。ごめん」

見下ろす彼女が哀しげに眉を下げるのを見て、慌てて地に下り人間の姿を取る。改めて謝れば、気にするなとばかりに頭を優しく撫でられた。
彼女を見る。細まる彼女の目を見ただけで、ぞわりと本能的な恐怖が襲い体が震えるのを見て、彼女の手が離れていく。

「あ、あのさっ!」

咄嗟にその手を取り。彼女の目から視線を逸らしながら、一つの提案をする。

「手を。手を、さ。繋ぐ事から、始めない?」
「――そう、だね。君が許してくれるなら」

彼女の言葉に、改めて手を繋ぐ。
これからどうすればいいのだろう。両思いだとは露にも考えた事はなかったため、何をしたら良いのか分からない。
取りあえず。失礼な事だけれども、大事な事を確認しなければ。

「えっと。雀とか鳥を取って食べたり…しない。よね?」
「当たり前。食べるなら、ケーキの方が良い」

僅かにむくれて視線を逸らす彼女に、気づかれないように安堵の息を吐いて。

「でも、逃げる鳥とか小動物を見ると、どうしても追いかけたくなるの」

続いた言葉に、ひっ、と思わず声が出た。

どうやら叶ってしまった恋は、とてつもなく怖ろしく、可愛らしいもののようだ。



20250405 『好きだよ』

4/5/2025, 1:54:47 PM