青と紫

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その子供は、国で最も高い塔の地下に閉じ込められて

いた。

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砂漠の中に、突然現れたようなオメラスという国は、

豊かな大地、尽きることのない鉱脈、昔から伝わる技術

によって、栄華を極めていた。

民は美味しい肉やパンを食べ、流行りの服を着、美しい

家に住む、幸せな生活を送っていた。民は、豊かな国の

豊かな生活に満足していた。

青色の屋根と白色の壁が特徴的な街並みは、オメラスに

訪れたことがない者たちも夢に見るほど美しかった。

他の国に住む者たちは、砂漠においてありえないほどの

豊かな暮らしを訝しむこともあったが、彼らもその恩恵

を受けていたので、深く考えようとはしなかった。


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翻って、塔の地下に住む子供はどのような生活を

していたか。

国の象徴にもなるような豪奢な塔の地下は、悲惨としか

言いようがなかった。

6歳ほどの子供だろうか。その年の子供にしては、腕や

足は骨と皮だけで、お腹は膨らみ、服も着ていない。

便所や体を洗う場所もなく、洗う者もないので、体は

垢や糞尿にまみれている。子供は人に会ったことが

ないので言葉も喋れず、思考も奪われ、ただ飢えに

あえぐだけの暮らしである。

光も入らず、音もない、闇と静寂に包まれた部屋で

子供は一人生きていた。

聞くだけで気持ちの悪い話である。だがしかし、その国

の人は子供の存在を知っていた。国に住むこどもも、

理解できる年になれば親から伝えられる話だった。

知っていても手は出せない。

なぜなら、子供を救えばオメラスの豊かな暮らしは

崩れ去り、砂漠で痩せ細っていくだけの貧しい国に

なってしまうからだった。

国の民は、子供の悲惨な暮らしとともに、国の繁栄の

もとを教えられるのだった。

みな、子供の境遇に同情するものの、己や家族、友人の

幸せを壊すことはできなかった。子供に1切れのパンを

差し出す者や、からだを拭く布を与える者は、国の

長い歴史の中で一人も居なかった。

稀に、小さな子供の悲惨な暮らしと引き換えに、豊かな

暮らしを享受することに耐えられず、国を出て、砂漠の

向こうに旅立っていく者もいた。



彼らをオメラスを去る人々と言った。


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「お前たちはこの話をどう思う?」

ある豪奢な部屋で、老いた男が孫たちに問いかけた。

男と女の双子で、彼らもオメラスの子供と同じくらいの

歳である。二人並んで天鵞絨の座椅子に腰掛け、

育ちの良さそうな素直な目で、祖父の話を聞いていた。

「ぼくはオメラスを去る人々に共感する。

 だってその子供はかわいそうだけど、ぼくは妹と

 おじいさまの幸せをうばうことはできないもの」

兄は優しい子で、人々の痛みを感じることができた。

「わたしはその子供はくにの弱点だとおもうわ。

 だってその子をすくえば国はよわくなって、

 かんたんに国をおとせるもの」

妹は利発な子で、国の行く先を考えることができた。

老人は、老王は、考える。

(国の王を任せるのはどちらが良いだろうか。

兄の方が王になったら、民を思いやり、国のために

正しい判断をして、安定した国をつくれそうだ。

逆に、妹の方が王になったら、他の国と渡り合い、

領地を増やして、豊かな国をつくれそうだ。

…やれやれ。優秀な孫たちで困るな。

また今度考えよう。)

老人はそこで考えるのをやめ、孫たちに向き直った。

「なるほど、二人の考えはよくわかった。

 今日は遅いからもう寝なさい。」

おしゃべりな孫たちと別れると、部屋に静寂が訪れる。

静けさの中で、老人は昔を思い出していた。

(私があの国を領土としたのはいつじゃったか。

塔の下に閉じ込められていた子供を救い出し、我が娘の

伴侶としたのは。

砂漠の中で旨味もないように見えたが、塔の下には

巨大な鉱脈が走っておった。あの国の王は豊かな暮ら

しを失うのを恐れて、子供に手を出さなかったが、

勇気を奮って救けていれば、真実の繁栄を手にすること

ができたのにのう…。まあ、それも過ぎた話じゃ…

今は…二人の…孫たちに…専念しなければ……)


老人は安楽椅子を揺らしながらいつの間にか

寝入っていた。

本当の静寂に包まれた部屋では、老人を昔から知る月

が、優しく照らしていた。



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静寂に包まれた部屋

「老王の思い出」

オメラスを去る人々という話の紹介、後日譚のような

話です。なかなかにえぐい話ですよね。

9/30/2023, 8:36:14 AM