初音くろ

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今日のテーマ
《1件のLINE》





ほんの20~30分の仮眠のつもりだったのに、目が覚めると部屋の中はだいぶ薄暗かった。
夕方なのか、明け方なのかも分からない。
だいぶぐっすり寝入った感覚があるのと、真っ暗ではないから夜ではないということが分かる程度である。

枕元を手探りで辿ると、すぐに目当ての物――スマホが手に触れた。
手繰り寄せて、側面にあるセンサーに指を当てて指紋認証で起動させようしたがウンともスンともいわない。
そういえば寝る前に動画を再生していたんだったと思い出す。
電池残量がそう多くなかったことも。
電源ボタンを押しても反応しないところをみると、電池が切れてしまっているらしい。
時間の確認すらできないことにため息を零し、これまた手探りでケーブルを手繰り寄せて充電する。
電池残量はやはり0%を示していて、この状態でも時間は表示されなかった。

仕方なく、欠伸を噛み殺しながらのっそり起き上がる。
凝り固まった体を解すべく大きく伸びをすると、背骨や肩がまるで小枝を折るようなパキパキとした音を立て、ぼんやりしていた頭に血が巡ってきて思考がクリアになってきた。

外はいつのまにか雨が降ってきていたらしい。
雨音から結構降りが強いことが窺える。

学習机の上に鎮座しているデジタル時計の時刻は11:45。
横になったのは1時間ほど前だから、大幅に寝過ごしてしまったわけではなかったようだ。
部屋が暗かったのも雨のせいで、夕方や明け方ではなかったことにホッとする。
夏休みは始まったばかりとはいえ、惰眠を貪って一日無駄にしてしまった、なんてことにならなくて本当に良かった。

エアコンは入ってるけど、設定温度はそんなに低くはしていない。
おかげで寝ている間に汗をかいたらしくやたらと喉が渇いていた。
ベッドのヘッドボードに置いてあったペットボトルのスポーツドリンクを飲もうとしたものの、残りはほんの僅かでほとんど空に近い。
下に降りて冷蔵庫から冷えた飲み物でも出して飲むかと、スマホと空のペットボトルを持って部屋を出た。

平日の昼間とあって家族はみんな出払っている。
無人だから当然エアコンは入ってなくて、階下はむわっとした熱気に満たされている。
リビングのエアコンを入れ、ソファの脇に転がっている充電ケーブルをスマホに繋ぐ。
充電は5%くらいまで復活していたから、ケーブルに繋げた状態でなら電源が入りそうだ。
電源を入れて起動を待つ間に、ペットボトルを捨てて冷蔵庫から麦茶をコップに注ぐ。

ちょうど昼時だしそろそろ昼飯にするかと思いつつ、麦茶のポットをしまいながら冷蔵庫内を物色するが、すぐに昼食として食べられそうなものは入っていない。
この雨ではコンビニに買いに行くのも食べに出るのも億劫だ。
冷凍食品をチンして食べるか、カップ麺にするか。
自分で何か作るという選択肢はない。
作れと言われれば作れなくはないけど、面倒臭さの方が優る。

どうしようかと考えながら、無事に起動したスマホを指紋認証で開けば、各種アプリの通知がいくつも表示されていた。
その中にLINEの通知を発見して急いで開く。

『今日、予定ある?』

可愛らしいキャラクターのスタンプが添えられたメッセージは、夏休み前にできたばかりの彼女からのものだった。
送信された時間は今から15分ほど前。
勢い込んで了解の返信を送ると、彼女から喜びを示すようなスタンプが送られてきた。
姉や母親に見られたら延々からかわれること間違いないけど、今は家に1人きりなので思う存分ニヤニヤしてしまう。

『もうお昼食べちゃった?』
『まだ 今なに食おうかって考えてたとこ』
『だったら駅で待ち合わせて一緒にお昼食べない?』
『いいよ 雨だけど平気?』
『バス停がすぐ近くだから大丈夫 そっちは平気?』
『全然』

つい2~3分前まで「この雨の中、買いに出るの面倒臭ぇ」と思っていたことなど棚の上どころか空の彼方まで放り投げて返信する。
1人でダラダラしながら味気ないカップ麺や冷食を食べるよりも、多少雨に濡れたとしても可愛い恋人と一緒に食べる昼飯の方が断然美味しいに決まってるし、昼食後はデートというオプションまで付くんだから断る理由などありはしない。

待ち合わせの時間と場所を決めて応答を切り上げ、大急ぎでシャワーを浴びて着替えを済ませ、スマホとモバイルバッテリーと財布をボディバッグに突っ込むと、靴を履くのももどかしく外に出た。
雨はさっきより小降りになっていて、東の空は明るくなっている。
きっと程なく止むことだろう。
一旦中に戻ってビニール傘ではなく折り畳み傘に持ち替えて、俺はバス停に向かって駆け出した。

タイミング良くきたバスに乗り込んで外を見ると、窓の向こうに虹が見えた。
すかさずカメラを起動して写真を撮り、それを彼女へLINEする。
ちょうど彼女もバスに乗ったところらしく、そのままメッセージのラリーが始まった。

彼女からの1件のLINEに端を発した『恋人と過ごす楽しい夏休みの1日』はまだ始まったばかり。
テンション爆上がりの俺を乗せ、バスはゆっくりと駅へ向かっていくのだった。





7/12/2023, 6:20:36 AM