『Sunrise』『昨日と違う私』『そっと包みこんで』
「フハハハハ。
やったぞ!
ついにやったぞ!」
私は布団の上で高笑いしていた。
前々からの悲願である『早起き』を果たしたからである。
『早起きが悲願?』と思われるかもしれないが、私にとって『早起き』というのは奇跡にも近い所業であった。
というのも私はどうしようもなく朝が弱い
アラームを設定しても起きれず、しょっちゅう学校に遅刻している。
そのため授業の一限目にはほとんど出たことがなく、それどころか昼休憩の時間に登校するのも珍しくない。
当然友達との約束の時間に間に合った事は無く、ついには『ヤツとの午前の待ち合わせはNG』と学校中で噂になったほどである。
そんな私を、友人たちは『永久の遅刻魔』と呼び恐れた。
馬鹿な自分は、二つ名を貰って調子に乗っていたのだが、昨日のHRの後に担任に呼び止められたことで事態は一変する。
「お前、このままだと留年な」
死刑宣告に等しい言葉に、さすがの私も危機感を覚え対策を練ることにした
だが普通にアラームをセットしても起きることは出来ない。
だからと言って、他にいい方法もない。
そこで考えたのが、アラームの設定をたくさん設定する事。
下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。
一分ずつずらして100件設定すれば、どこかで起きることが出来ると踏んだのだ。
そして今日、なんと90個目のアラームで起きることが出来た。
今から走って行けばHRに余裕で間に合う。
素晴らしい。
これならば遅刻せずに登校出来る。
革命である。
革新である。
さようなら、昨日までの私。
こんにちは、昨日と違う私。
これで遅刻魔の汚名も返上だ。
「おっとこうしちゃいられない。
とっとと家を出よう」
早く起きれたとはいえ、時間に余裕があるわけではない。
私は朝食の食パンを口にくわえ、私は家を飛び出す。
「遅刻、遅刻~」
家から出ると、朝特有の気持ちのいい空気が流れていた。
起きた時はいつも日が高く昇っているので、こうして早朝に出るのは久しぶりである。
道を急ぐサラリーマン、集団登校する小学生、自転車で私を追い抜かす同級生。
なにもかもが新鮮で楽しい。
「素敵な朝ね。
もしかしたら運命の出会いがあるかも」
私は年相応に、まだ見ぬ運命の相手を妄想した。
それがいけなかった。
曲がり角に差し掛かろうとした時、角から人が出てきたのだ。
妄想に夢中だった私はとっさに反応できず、そのままぶつかって転んでしまった。
「イタタ、まさか本当にぶつかるとは……」
注意一瞬怪我一生。
アホなことは考えるものでない。
自分の迂闊さを呪いつつ強打した尻をさすっていると、目の前に手が差し伸べられる。
「ごめん、前を見てなかった。
立てるかい?」
「いいえ、こっちも考え事してて――
えっ」
手を差し伸べてくれた相手はなんと、ストライクゾーンど真ん中のイケメンであった。
金髪碧眼の日本人離れした風貌で、高貴な雰囲気を纏いまるで異国の王子様。
ゲームや漫画にしか出てこないような美貌は、私の芽を釘付けにする。
彼の金髪は朝日に照らされて輝き、まるで――
「Sunrise」
「え?」
「いえ、何でもないです」
あまりの美貌に思わず心の声が出てしまった。
迂闊な妄想はケガの元と分かっているのに、なぜ口に出してしまうのか?
要反省である
それにしても、相手が日本人ではないからと言って、まさか英語で感想が出て来るとは……
私、だいぶテンパってる。
「それで、大丈夫?」
「はい、大丈夫で――痛っ!」
「足をひねってるみたいだね」
「うう、これじゃ留年しちゃう……」
なんてことだろう……
遅刻しないために早く家を出たのに、これではもう間に合わない
「ごめんね。
僕の不注意であ悪いことしたね
なら!」
「えっ」
王子様に抱き上げられて、お姫様抱っこされる。
心の準備が出来ていない私は、ただ口をパクパクさせるだけで何も言えなかった
「ごめんね、急にこんなことして」
「……いえ……」
「強引だと分かっている。
でも怪我をさせた責任を取らせてくれ!」
「責任……」
「ああ、僕が責任をもって、学校に連れて行こうじゃないか!」
なんて素晴らしい人なんでしょう。
前方不注意の自分が悪いのに、責任を取ってくれるとは!
今まで出会った人の中で、一番優しい人だ。
普通の同級生ならばこうはいかない。
ひょっとして向こうも私に運命を感じてくれたのだろうか?
もしそうならば、こんなに素晴らしい事は無い。
これはきっと運命の出会い。
これをきっかけに、私たちの距離は縮まり、最後は一緒になって――
◇
ピピピピピピピピ――
聞きなれたアラームの音が周囲に鳴り響く。
ふと周囲を見渡すと、目に映るのは見慣れた自分の部屋。
なんでこんなところにいるのかと、一人首を傾げる
「あれ王子様は……?」
いつのまにか王子さまはいなくなっていた。
そしてお姫様抱っこされていたのに、今は布団の中。
どういうことだ?
霞がかかったような頭で考えることしばし、衝撃の事実に気づく
「まさか、夢……?」
夢。
王子様もなければお姫様抱っこもない。
あるのは私をそっと包み込んでくれている布団だけ。
すべては私の夢の中の出来事だ。
私はどうしようもない絶望感に襲われる。
私は信じられない思いで、スマホの時計を見る。
時計を見ると、朝のHRの十分前。
起きたと思われた時間より10分後の時刻だった。
自分が設定した100番目のアラームで、尊厳を殴り捨て全力疾走すれば何とか間に合うと言う、最終防衛線の時間だ。
今から走ればまだ間に合う。
だが――
「ま、いっか」
私は寝ることにした。
だってそうでしょう?
学校と王子様。
比べるべくもない。
それに遅刻もあと一回くらいなら遅刻は大丈夫。
先生も『このままだと』って言ってたから。
つまり誤差である。
というわけで――
さよなら、昨日と違う私。
また会ったね、昨日までの私。
今日も一日お願いします。
「おやすみなさい」
私はもう一度王子様に会うために、もう再び夢の中へと旅立つのであった
5/27/2025, 1:46:22 PM