「あなたからは嗅ぎ慣れた紅茶の香りがします」
執事がそう指摘すると、男は思い出したように説明を始めた。
「ああ、さっき紅茶をシャツにこぼしてしまってね。ほら、見てくれよ、この染みだ」
男はこれ見よがしに上着を捲る。彼の胸元辺りには確かに紅茶をこぼしたような染みの跡があった。
「いいえ、わたくしが嗅ぎ慣れたと申した紅茶はこの世にひとつとない一点ものです。市場に出回る紅茶の茶葉と少し製法が違いまして、香りが多少異なるのです」
男が馬鹿にしたように鼻を鳴らす。それでも執事は動じない。
「そんな微妙な香りの違いなんて、本当に嗅ぎわけられるのか? しかも違いが分かるのはお前だけなんだろ? それだけでこの染みが主人が飲んでいた紅茶であるという明確な証拠にはなり得ないだろう」
「確かにそうかもしれません。けれどあなたはいま仰いました。主人が飲んでいた紅茶であるという明確な証拠にはなり得ない、と。時には奥様が開くお茶会にもこの茶葉の紅茶はお出しします。あなたはどうしてこの紅茶が、主人が飲んでいたと断定したのです?」
執事の問いに男の顔が一気に青ざめた。
どうやらこの屋敷の主人が殺された事件は、そろそろ解決しそうだ、と、刑事は腕組みをしながら事態を見守った。
【紅茶の香り】
10/27/2024, 10:33:43 PM