「言葉にならないもの」
陽が落ちて間もない夕暮れどきの、ほんのりと葡萄色を帯びていた空が、やがて群青へと沈んでいき、いまや藍色の静けさが辺りを包み込もうとしている。
庭先でクロがぴたりと私の傍らに座った。夏の熱気もようやく和らいで、薄闇に浮かぶクロの黒々とした毛並みが、しっとりと風に揺れる。
手にした線香花火の火玉がはぜる音に、クロが耳をぴくりと動かす。その様子が、妙に愛おしい。
火花は小さく、儚い。ぽとりと落ちる瞬間、何かが胸の奥を通り過ぎる。語ろうとしても、言葉にならない。クロもまた、こちらをじっと見上げて、何かを語りかけようとするが、やはり声にはならない。ただ、静かにその眼差しが、意思のようなものを伝えてくる。
線香花火の最後の一滴が落ちて、ただ静けさが残った。クロの温もりを背に受けながら、私は、言葉にならぬ想いが、この夏の終わりにそっと横たわるのを感じていた。
8/13/2025, 3:50:08 PM