【また会いましょう】
月明かりに照らされて君はくるくるくるくる。
湖の上をまるで背中に羽があるかのようにくるくるくるくる。
手を伸ばせば君に触れられる距離。
それなのに―
「…っ」
どうしてこんなにも息が詰まる程、君は美しいのか。
あぁ、もう帰ろう。これ以上君を見続けるのは憚れる。本当は君に近づきたい。その身に触れたい。全てを奪ってやりたい。彼女から溢れる色香に思考が支配される。いくつもいけない考えが浮かんでくる。やはり、彼女は妖女なのだろうか。肌は透き通るように白く、髪も風になびくような白髪。瞳は光に照らされ瑠璃色がキラキラと煌めき、唇は深紅に濡れていた。それならば早くここから立ち去ろう。その瞳で微笑まれたら、俺の魂はきっと君に呑み込まれる。そう思い立ち、俺は踵を返した、だが…
パキッ―
「ッ(しまった!)」
うっかり足元に転がっていた小枝を踏んでしまった。彼女に気付かれてしまっただろうか?
「もし。その様なところにいらっしゃらないで、此方に来なさいませ。」
「…」
終わった。俺の魂は妖女に呑み込まれ永遠にこの世に戻ることはないだろう。
「そう、怯えなくともあなた様に危害など加えません。どうか、普通に振る舞いください」
彼女は俺の顔を真っ直ぐに見つめ微笑みをくれた。
「…何が目的だ?」
俺は警戒した。気を抜けば、一発で妖女の腹の中だ。
「目的だなんて。その様なもの私にはありません。ただ」
再び彼女は微笑むと。
「ずっと私を見ていらっしゃいましたよね?」
「…ッ!?」
言葉が出てこなかった。覗き見に気付かれていたのだ。
「あぁ、別に責めてはいないのです。」
そう妖女が付け加えた。
「どうでしたか?」
「は?」
妖女はうつむき、両指を動かしている。
「私の舞いは、あなた様から見てどうでしたか?」
妖女は顔を上げ俺を上目使いで見つめる。その表情は不安げに揺れている。
「…」
俺は少し動揺した。まさか、こんな展開なろうとは。答えなければ俺はどうなるのか。いや、答えたとうてどうなるのか。
「…はぁ、そうですよね。」
「え?」
俺が答えあぐねている間に妖女はひとり納得して俺に背を向ける。
「私、次の満月の夜、月の国の繁栄、豊穣を願っての祈りの儀式を命ぜられそこで民皆の前で一夜舞い踊るのです」
「あんた…やっぱり」
「ええ、人ではございません。私は月の御使い。神子なのです」
「月の…あんたもしかしてあの伝説のかぐや姫か!?」
俺は目を丸くした。目の前の神子様は微笑む。
「その姫様に使えるのが私なのです」
そう言って神子様は愛おしむように半分欠けた月を見上げる。
「失敗することは許されません」
そう決意するように神子様は掌を握りしめる。よく視るとその手は朱く爪の傷跡があった。何度その掌を握りしめたのか。努力と決意のあとがそこにはあった。
「なら、あんたの舞いは申し分ない程見事だったよ」
「え、?」
俺はそっと神子様の手を取り、懐から手拭いを出しそれに巻き付けた。
「だからあんまり気負いすぎるな。せっかく綺麗な指なのに」
「あ…」
神子様は俺の手拭いが巻かれた掌を見つめた。そして、
「ありがとう」
何度もらったかわからない微笑みを今度は素直に受け取ることが出来た。
「…じゃあ、盗み見て悪かったな。あんま無理すんなよ?じゃな」
と、会話が途切れ、急に照れ臭くなった俺はこの場にいるのがいたたまれなくなり今度は違う意味で立ち去ることした。
「あ、あのっ!」
「は!?」
背中を向けた俺に神子様が勢いよく上衣を掴んだ。俺は顔だけを向けて間抜けな声を出した。
「また来てくださいますか?」
「え?」
「貴方に見てていただきたいのです」
そう言う神子様の頬は少し赤らんでいた。
「…だめ、ですか?」
そう言って今度は上目使いで俺を見上げる。そんな可愛い顔で見られたら男は―
「…俺でよければ」
こう言わざる終えない。俺がそう言えば神子様はぱあぁっと瞳を輝かせ、俺にこう言った。
「それでは、明日の晩。今宵と同じ時刻に―」
"またお会いしましょう"
11/13/2024, 12:30:55 PM