猫宮さと

Open App

《秋🍁》

私は今、彼と若い作家が集まった彫刻の展覧会に来ている。
たくさん並ぶ作品たちはどれもレベルが高くて、私は館内の邪魔にならない程度に一言二言ひっそりと彼と感想を伝え合いながら見学を楽しんでいた。
そんな中、新進気鋭の芸術家が作成したという彫刻があるスペースに足を踏み入れた瞬間。
その作品に、二人とも一気に目を奪われてしまった。

眼の前にある『秋』というタイトルの彫刻は、ブロンズで作られた等身大の男性を写実的に表現したもので。
全力で走っている若い男性の躍動感、力強い筋肉の動き、風を切る髪や服の流れの緻密さが細部まで彫り込まれているのは本当に見事で。
観察眼も動体視力も表現力も、素人でも分かるくらいに高い。
新進気鋭と謳われるのも、頷ける。凄いなぁ。

ただ、目を奪われたのはそれだけじゃなくて。

彫刻の若い男性は全速力で走りながら口にあんパンを咥え、左手にはたくさんの食べ物が入った紙袋を抱えながら右手で本を支えて読んでいる。

運動の秋、食欲の秋、読書の秋。そして彫刻という、芸術の秋。
現実には不可能な動きでも写実的な彫刻なら可能だと言わんばかりの、秋のてんこ盛り。
パンを咥えた若い男性の表情は獲物を視界に入れた狩人のようで、溢れるエネルギーを持て余してるのが一目で分かる。
技術と表現力が段違いなだけに、その構図の異質さはとんでもなく際立ってた。

ちらりと隣の彼を見ると、呆気に取られた表情で固まってる。
軍人の中でも位の高い家系に生まれ育った彼には、こういう方向は馴染がなかったのかもしれないなぁ。
感想を伝え合った内容からは、彼は知識は凄く高いけれど芸術は崇高なものだと受け止めてる印象がある。
真面目で素直な彼が真っ直ぐ学んできた成果なんだよね。私は、そういうところを尊敬してるけど。
…彫刻の女性の衣服表現がどうして発達したのかの真意を知ったらどうなるんだろ…。
まあ、それはともかく。

「これ、表現が緻密だし面白いですよね。」

なんてぽつりと感想を言ってみると、彼はハッと意識を取り戻したかのようにビクリと肩を動かした。

「…そうですね…空間の使い方も表現方法も見事だとは思います…しかし、どうしてこのような発想が出来るのか…」

と、また彫刻に目を向けてじっくりと考察を始めた。

作家に聞いてみればただの思い付き、ほんの軽い気持ちから出来た作品なのかもしれない。
そこに思い至ることなく考えを巡らせる真面目なあなたは、本来学者が性に合ってるのかも。
彫刻を見つめるあなたの横顔に、私は未来への想いを馳せた。

今のあなたは、それこそこの彫刻の若者のようにあれもこれもと忙し過ぎる日々だけれど。
邪神に荒らされた世界の復興が済んだら、あなたにはそういう未来もあるのかな。
皆で作り上げた争いのない平和の中、どうかあなたには思い描いた明るい未来を歩いてほしい。

9/27/2024, 6:03:53 AM